第八章 目覚めるのは『神』か『人間』か? その1

 黙想を終え、最初に道場に呼ばれたのは正行だった。


 高弟の中では一番若く体力があり、家族の中では孫に当たる。


 正行が子供のころから秘伝の技などは教えなかったが基礎的な体捌きや動作は徹底的に仕込んだ。


 秋水と石動も納得である。



 最初に道場から聞こえたのは……二人で一緒にリズムを口ずさみながらやる『ラジオ体操第一』であった。


「ま、まあ、最初から全力なんて出せませんからねぇ」


 石動は戦闘服を着て、秋水は珍しく白装束に白袴を着ている最中である。


 自分の弟子の言葉に「……そだね」としか言いようがない。



 秋水は石動肇以外は『自分の弟子』とは思っていない。


 あくまで『親父から引き継いだ弟子』という形で稽古をつけている。


 家族同然の弟子も数名いるが『師匠』とか『先生』と呼ばれると不機嫌になる。


 また、猪口直衛とは主従関係だが、その態度は絶対的ではなく、事と場合によっては敵対もする。


 息子の正行は態度を決めかねていて本人の談とすれば、こうだ。


「もしも、正行が『殺し屋になりたい』なんて言ったら弟子にするかも知れないかも知れない。『道場を引き継ぐ』という場合は、無理だな……理由? 俺の技や体術は戦争という血なまぐさいところで作ったんだ。先祖様たちの技で大量殺人……シャレにならん」



 だから、春平にとってみると、正行は最後の弟子になる。


 やがて、木の床に何かを叩きつける音や気合の声が聞こえる。


 着替えが終わり、装備を整え、とりあえず、軒先でお茶を啜っていたころに、目を回した正行が道着の襟を祖父である春平に掴まれて引きずるように出てきた。


 いきなり、井戸水を顔にかけるなどはせず、縁側に秋水と一緒に乗せると春平は肩を叩き、「正行、正行」と名前を呼ぶと孫の顔が少しゆがむ。


 息もしているし、命に別状はないみたいだ。


 時計を見る。


 約一時間過ぎていた。


 夕闇が迫る。


 これから、この春平老人が倒れるまで高弟たちは入れ代わり立ち代わり、真剣や各種隠し武器などで戦い続けないといけない。


 この一時間はほんの準備運動に過ぎない。


 ただ、それでも、汗まみれで本気で戦った正行は目を回した。


「まあ、正行のお役目はこれで終わりですね」


 石動が苦笑しながら言う。


 だが、春平は反論した。


「いや、こいつに真剣持たせて、俺と戦ってもらう」


「え?」


「何で?」


 春平は素足を用意された濡れた手拭いで綺麗にして、用意された食事から「中身 鮭」と付箋の張られた皿から握り飯を食いながら説明した。



 道場の中で、正行は木刀片手に同じく木刀を持った春平と戦っていた。


 確かに体力や腕力は子供のころから比べれば比較にならないし、そのまま精進すれば、数年後には秋水を抜かすかもしれない。


 体捌きなども基本に忠実であり、その応用力もある。


 成長が嬉しかった。


 だから、一つ、フェイントをかけた。


 正行の弱点の一つは機転が利かない。


 だが、予想外のことが起こった。


 最後の弟子は不利な体勢から流れるような動作でかわして木刀の切っ先が喉元に迫った。



「まあ、最後は隙だらけになったから気絶させた……将来が楽しみだ」


 その顔は弟子というより孫を見る祖父の顔だ。


「師匠、ただいま到着しました!」


 高弟たちが集まってきた。

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