第七章 頑張る商店街の皆様たち その7

「ごめんなさい」


 ほぼ直角に腰を折り、謝罪する老人に戦闘を終えた商店街の面々は顔を合わせた。



 春平は土下座して謝りたかった。


 だが、それをしたところで商店街が元に戻るわけでもないし、多少のけがを負った人もいる。


 時代が時代なら家宝の刀で自分の腹を裂き、首を突き、目も潰し、耳を削ぎ、鼻を切り取る。


 それぐらい、自分が彼らに守られていることが、とても恥ずかしく辛い。



 その様子を半世紀以上の友は察した。


 そして、こう言い放った。


「あー、あ。何で君たちは何でもかんでも首を突っ込み全部背負うとする強欲ものなのかね?」


 普段、これまた温厚な古本屋の店主の手荒い言葉に傍にいたカレー屋の店主が驚いた表情になった。


 それを知ってか知らずか、古本屋の店主は半ば強引に謝って固まる春平の片手を強引につかむと、無理やり路地裏に連れて行った。



 放り投げるように春平を奥へ投げる店主。


--殴られる!


 春平はそう思った。


 だが、違った。


 店主は自分の手を見せた。


 その掌は小刻みに震えていた。


「笑えるだろ? 今更になって怖くなった……小説や映画とかで誰かや何かのために命を賭けるという言葉や行動は繰り返し見ていた……勇気や根性があれば、力があれば誰でもできる簡単なことだと思っていた……しかし、実際はどうだ? いくら秋水の経験や石動さんのシミレーションで何度か事前訓練はしていたが、本当にやるとは思ってなかった……」


 春平は黙っている。


「……ごめん……」


 だが、店主は春平の謝罪を止めた。


「逆だ! 子供のころから弱虫で泣き虫で怖がりで臆病者のお前が、この街を守るためにどれだけの努力や勇気や優しさを使っていたか思い知らされた……たぶん、この立地上だと、この商店街は格好の餌食だろう……だが、儂たちは、命が尽きるまで、みんなと商売をしていたい……だから、これからもよろしくお願いします」


 店主が頭を下げる。


 その姿に春平は泣いた。



 各店舗が破壊された部分の修理やブルーシートで被う中、『婿殿』が走って恐る恐る古本屋に戻った。


 窓ガラスが何枚か割れているが損害は、ほかの店より軽い。


 胸を撫で下ろすが、すぐに硬直する。


 奥のカウンターで店主がしげしげと『婿殿』が隠していたコルト・パイソンを触って眺めていた。


 ここまで堂々とされると、むしろ、奪い返すことさえ無意味だ。


 離婚が脳をちらつき、再び、放浪の旅を思う。


「おう、お帰り」


「た……ただいま戻りました」


 気が付いて開いた手をあげる店主。


「ど……どうも……ただ……いま、戻りました」


 再び、店主は拳銃を眺めた。


「警察から聞いたけど、うちの軽ワゴン車で跳んでドリフトしたんだって?」


「はい……動かなくなったのでジャフに連絡して修理工場まで運んでもらい、走ってきました」


 だんだん小声になる。


 店主は意外なことを言った。


「確かに秋水君が言うように銃のメンテナンスは十二分だ。ただ、根本的に照星と照門が少しブレている……意図的なのかは分からんが、ちゃんと調節をしなさい」


 あまりのことに『婿殿』は唖然とした。


「戦争のときに否応なく教わったんだよ……お前さんは、ちゃんと育児も家事も大事にして仕事もしている。咎める気もない……ただ、『この街』に住む以上、ある程度の覚悟と勇気がいる。こんな玩具じゃない。本物と対峙する勇気だ。脅しじゃない」


『婿殿』は少し迷った。


 そして、返答した。


「僕は、この商店街が好きです。街も、お客さんも、全部全部好きです。だから、僕も『仲間』になります」


 店主はにっこり笑い、店の奥へ入って行った。


「少し、長い話になる。『婿殿』……いや、『傑作』。コーヒーを入れるから、飲みながら話そう……」


 結婚してから初めて名前を呼ばれて傑作も笑顔になった。

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