第七章 頑張る商店街の皆様たち その2

 昼間の古本屋は基本、暇である。


 庭先と店内を掃除し、店奥にある商売繁盛の神に手を合わせる。


 そこに『婿殿』の嫁であり、孫娘が『パート』でやってくる。


 

 孫娘の親、つまり、店主の娘夫妻は共々バリバリのキャリアであり、海外出張などは週単位、最悪、一週間で三日連続で各国を飛び回る生活をしていた。


 孫娘を産んだときは、会社の産休や育休などを使い、小学生までは一緒に過ごせたが、優良な社員を会社が無視をすることはない。


 中学生になると以前よりももっと海外出張が増え、代わりに祖父たちが面倒を見た。


 彼女は親譲りのバイタリティがあったがワーカーホリックではなかった。


 人見知りもしない性格なので祖父たちはもちろん、商店街のみんなから愛された。


 その中で祖父の妻が他界する。


--今度は私がおじいちゃんの面倒を見る!


 葬式で高校三年生の彼女は、亡骸を前に泣いていた祖父に宣言した。


 高校、大学と進学し、勉学に励みながらも彼女は、時代遅れになる古本屋に色々な改造を、時には祖父の了承を得ず、行った。


 空きスペースに簡単な喫茶スペースを作り、ある程度の声なら雑談をOKにした。


 インターネットで全国の古本屋などと連携して大型通販サイトなどでは出回らない古本や奇書を取り寄せ、または逆に個人や同業者に出荷する。


 その行動力や発想力に驚かされた。


 また、「おじいちゃんのコーヒーは美味しいから出せば?」と熱烈に押されて、最初は「そうかな?」と文句を垂れつつ淹れて客に出した。


 評判は上々。


 加えて、二件隣の洋菓子屋のケーキとよく合う。


 コラボ商品やサービス券でウィンウィンの関係になった。


 そのうち、妙な男を拾ってきた。


 今の『婿殿』である。


「私、彼と結婚したい」と言ったのは、『婿殿』がアルバイトで住み込みで働き始めて五年後のことだ。


「おじいちゃん言っていたじゃん。『もう、自分のことはいい。お前は、お前の幸せを考えなさい』 私、彼と結婚したい!」


 その言葉に、店主は反対と言いたかったが迫力に負けて言った言葉は「いいよ」。


「相も変わらず、意志が弱いねぇ」


 商店街に近いホテルで行われた結婚披露宴で春平がトイレで用を一緒に足しているときに言った。


 

 現在、名字が変わり、『婿殿』の嫁になった孫娘はパートとしてネット関連全般を取り仕切っている。


 子供を一歳から幼稚園に預け、九時から四時までの仕事だが、時々接客もする。


 孫娘は、祖父と同じように、神棚を拝むとカウンターに仕事用のパソコンを開き、パスワードなどを入れ、夕方から夜間に来たメールを見る。


 それを返信し、時に本棚から二人掛かりで探す。


 

 今日は、それすらない。


 暇である。


 二人は適当な雑談をして、コーヒーを飲んでくつろいでいた。


 その時、店の奥から懐かしい黒電話のベルが三回鳴った。


 それまで穏やかに語り合っていた祖父は孫娘にこう言った。


「そうだ、今日は商店街の会合だ! お前、今日は帰りなさい。店は閉じる」


「え? 私来てから一時間もたってないわよ?」


「いいから……帰りなさい」


 そう言って、背中を押して無理やり帰宅させた。



 娘を商店街の外まで押し出して、見送ると、大急ぎで店に戻り、店奥にある仏間の下にある棚に置いてある雑貨物を荒々しく退けた。


 そこにあったのは、無線機であった。

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