闇の組織VS日本の商店街の人々

第七章 頑張る商店街の皆様たち その1

 星ノ宮中心街から少し離れた場所に、商店街はあった。


 中心部からだと車で十五分と微妙だが、中心街のデパートやショッピングセンターにはない鮮度のいい珍しい魚を取り扱う魚専門店や各国の専門料理店などあり、観光客はあまり来ないが、都内でも有名な料理店などの店主から注文を受け発送したり、古民家家具を治す大工や畳職人もいる。


 近隣の家庭も、ここの商店街で買い物をする。


 どうしても商店街にないものだった場合は、中心街で制服の採寸をしたり最新映画を観たりする。



 その一角にあるインド料理屋では、冬に百円ワンコインのチャイを出していた。


 元々、バックパッカーでインドに魅了された男が空き店舗だった場所にインド料理専門店を出した。


 インドで友達になったコックから学んだ本格チャイは香辛料の匂いと牛乳の香りが溶け合い、飲むと体の芯から温まる。


 手のひらサイズの質素な陶器の茶碗である。


 ソフト帽をかぶり、スーツ姿の平野平春平は熱々の茶をすすりながらお店から借りた電話の子機で石動肇と通話していた。



「だから、心配ないから。ただの講演会に行くだけだ。バカ息子の秋水にも『講演会が終わったら、寄り道しないで帰る』と確約した……ああ、それなりのもしてある……」


 電話の向こうでは、自宅で会社の業務と並行して武器の資料などをネットで漁っている石動が心配そうにしている。


『しかし、老師。ネットの目を甘く見ないでください……文字通り《障子に目あり、壁に耳あり》なんです! 索敵なんてすれば、ものの数分で住所まで特定されます』


「わかっているよ……」


 そういって、春平は飲み終えた陶器の茶碗をコンクリートの地面に落とした。


 故意にである。


 ただし、その周りにも陶器の欠けた茶碗が落ちている。


 本場インドでは、この手の茶碗はペットボトルのように使い捨てであり、同時に、常に作らないといけないために障碍者の雇用にも繋がっている。


 今では、本場インドでもガラス製品に入れることもあるが、店主の日本人は『本場の再現』として落とすことを励行している。


 そして、星ノ宮市の障碍者施設に陶器の茶碗を作らせて料金を払っている。


 子供がされても困るので、あまり多くなると中で働いていたインド人従業員が手早く掃き清める。



 春平と石動は何度かの押し問答をする。


 今日は、春平の所属する地元の考古学会による定例報告会がある。


 半年に一度、地元で発掘された出土品や資料から分かる歴史を話し合う会で、星ノ宮の紳士淑女が集う。


 真面目にノートやパソコンにまとめた資料を持ち合い、語り合う。


 約一時間の会合だが、最近、秋水と正行に付きまとわれていた春平からすれば、「たまには一人でいたい」という理由で無理やり商店街にやってきた。


 会場が中央公民館で、古本屋の『婿殿』が修理した本も併設されている図書館に収蔵するのでついでに乗せていってもらう。



「おまちどうさまでした!」


 商店街の入り口に横付けしたワゴン車へ注文されていた本を積み終えた『婿殿』がいつものエプロン姿で声を変えた。


「まあ、何かあったら電話するよ」


 そう言って反論しようとする石動の言葉を遮り、無理やり通話を切った。


「マスター、ありがとう」


「はいはい」


 秋水ほどではないがガタイのいいインド衣装に身を包んだ日本人に春平は子機を渡した。



 まさか、これがとんでもない事の発端だった。

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