第六章 そして、再び日本へ・・・ その5
三人は、目の前が急に明るくなるのを感じた。
だが、フォールは手と腕で他の二人と一匹を制する。
最初は分からなかったが、元は刑事である。
二人も反射的に壁際に背を寄せる。
フォールは懐から小さな鏡を出した。
そっと、ゆっくり、角の向こうに出す。
そこに映っていたのは物々しい装備をした、顔もフェイスシールドで分からない兵士たちであった。
「目的の場所は、奥側だな……」
フォールは呟く。
頷く猪口。
心臓が高鳴る。
映画のような銃撃戦なんて経験したことはない。
日本で平野平秋水が面白半分で「猪口さんも、厄介ごとにクビ突っ込むんなら隠し武器で拳銃の一丁ぐらい持って訓練したほうがいいですよ」と言っていたが、いまさら後悔しても遅い。
--胸くそ根性
その言葉を胸に、猪口はささやかながら持ってきたビー玉サイズの鉄球を出そうとした。
銃に対してではなく、足元に転がして相手の転倒を狙うという日本に残った石動が見たら苦笑間違いなしの卑怯さだ。
息が上がる。
鼻で大きく呼吸する。
兵士たちが近づいてきた。
「猪口さん」
高林が猪口の肩を叩く。
「どうした?」
「猪口さんは、俺の盲導犬……ブルと逃げてください」
「何言っている⁉」
小声だが猪口が叱る。
「今、一番弱いのは自分です。足を引っ張っているのも自分です。それは自分が重々承知しています……囮になればフォールの生存率も上がる……」
高林は朗らかに笑った。
「そもそも、盲目になった時点で自分は自分の運命を悟っていたのかもしれません。『誰かのために命を使う』……猪口さんには、その役割がある。俺には、もう、何もない。その命が世界を救えるのなら十二分な理由です」
そして、盲導犬のリードを外した。
「お前も十二分に俺の『目』になってくれた。本当にありがとう。優秀なお前だ……また、いいご主人に会えるさ」
ここまで言われて猪口もフォールも何も言えない。
敵は近づいてくる。
ゆっくり、猪口はブルドックを抱いた。
「本当にいいんだな?」
「はい」
目は閉じていても、事件を解決し労いの言葉をかけた時のような笑顔は健在だ。
それが今は、憎たらしい。
「リサやミセスによろしく」
「……わかっ……!」
犬にも人間の言葉は分からずとも気配を察したのか、いきなり猪口の腕を振りほどき、敵陣に全力で走っていった。
「あ!」
「バカ!」
状況が把握できない高林はオロオロする。
勇敢な盲導犬は銃弾などを機敏に避け、その牙で最奥にいた司令官らしき男の首めがけて嚙みついた。
その瞬間、全ての敵兵が一気にガラガラと崩れた。
ゆっくり、慎重に、猪口が高林の手を引きつつ敵兵を観察する。
「これは……軍の試作機たちじゃないか⁉」
「し……試作機?」
猪口が間抜けな声を出す。
「ああ、失敗作や試作機だ……データなどを収集してスクラップにしているはずなんだが……」
フォールが首をひねる。
「雑だねぇ」
「さすが、アメリカ軍……」
この日本人二人の言葉は英語ではなく、日本語で出た。
高林の盲導犬であるブルを再びリードにつなぎ、猪口達はついに、敵の基地に踏み入れようとしていた。
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