第三章 父と息子と時代(後編) その前に

 どこのどの業界にも『伝説』というものがある。


 野球のようなスポーツから歴史上の偉人まで、多種多様な面々がいる。


 その中でマスメディア、殊、普段強気なテレビ関係者が未だに恐れる人物がいる。


 名前は沖場権之助おきばごんのすけ


 今では各科学分野において名前を残すほどの功績を残しているが、発見した法則や生き物には自分の名前を決して記さない。


 本人的には「あったものを見つけただけで、褒められることではない」


 医学博士号なども持っているが生まれつき興味を持ったものには徹底的に、それも、歴史背景や環境も含めて調べ上げ、周囲の大人たちを驚かせ、恐怖させた。



 そんな彼が四十過ぎにあるテレビ番組に出た。


 談話番組、今でいうならトークショーだ。


 その時は『新進気鋭の物理学者』として出演だったが、実質的にはほぼお飾りなようなもので、本人も何で呼ばれたは不明であった。


 のちの大物プロデューサー、当時は若手のアシスタントディレクターは「新番組の広報のために少しでも出演者たちを賢く印象付けるためだ」と震えながら答える。


 ある女優がこういった。


 本人としては単なる雑談の上に少しエリート意識があっただけだ。


「私、蝶の収集家とか試薬で動物実験をする科学者って狂っていると思うんですよね」


 その言葉に『学者』が手を挙げた。


 司会者が「どうぞ」というと、別に威厳も気軽さもなく淡々と『学者』は聞いた。


「あなたは、『細胞の自然死アポトーシス』はご存じですか?」


「あぽ……あー、アホのことですか?」


 彼女は声をあげて笑い、周りも薄く笑うが権之助は淡々としていた。


「……細胞は一定の周期で自分から死にゆく行為です」


 また、笑う彼女。


「えー、わざわざ死ぬんですか? かわいそー!」


「では、アポトーシスがない世界を想像できますか? あなたの肌は垢まみれになり、排泄物出せなくて太るでしょうし、食べられるものも食べられない。眠れないから嫌な記憶や思いも永延と引きずる……」


 その言葉を聞いて女優から血の気が引いた。


 

 最初、テレビの前で視聴者は生意気な女優に反論し、撃沈させた学者に拍手と喝さいを送った。


 だが、だんだん恐怖を覚えていった。


 この学者は博学だ。


 だが、容赦や手加減は一切ない。


 善悪もない。


 ただ、人間を科学という最も人間の感情から遠いところから観察し、その科学という大剣で相手を真っ向から一刀両断する。


 逆に常で虐められていたタレントやお笑い芸人には人間性を見抜き、優しい言葉をかけた。


 彼らのギャグやお笑いを心理学の観点から観察してアドバイスしたのだ。


 視聴者も気づいた。


--彼は本当の天才だ


 実感した後に来た寒気は『恐怖』であった。


 番組の最後で彼はこう言った。


「自分は科学を愛し、一生添い遂げます。でも、それは可哀そうとか感傷的なものではありません。彼らの逞しさや人間以上の『生きる』力に惹かれるのです」



 それから四半世紀以上。


 沖場権之助は現在、日本から見て、ほぼ真裏のブラジルで十か国以上が参加した五年以上の研究プロジェクトを成功させ、日本の帰国へ向けて荷造りをしていた。


 問題は、彼の興味以外は全く無知であり、荷造りや料理が苦手だということ。


 

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