第三章 父と息子と時代(前編) その3

「確か、今日は大型トラクターを動かしたそうだが、どうだった?」


 父の言葉に正行は、渋い顔をした。


「あの車、時速が六十がせいぜいでドリフトできなかった」


 その言葉に秋水が声を立てて笑う。


 周りも正行の突飛な言葉に笑いを堪える。


「えーっ、でっかい車が時速百キロで爆走してドリフトするのカッコいいじゃないですか⁉」


「じゃ……じゃあさ、正行君。君は時速百キロ以上の速度で田植えができるかい?」


「無理ですよ」


 猪口が子供を諭すような口調で言う。


「いいかい、農業関係の機械などは『走る』というより『人間の代わりに』田植えをしたり作物の収穫や分別をするんだよ。それを時速百キロでやっているところを想像しなよ」


「……! 作物が荒れちゃう!」


「そう、日本の機械が優れているのは人や物を非常にデリケートに扱うことができるからだ。そもそも、ドリフト自体、警察関係者としては褒められた行為じゃないな」


「……引退したのに?」


 正行の口が尖る。


 だが、猪口は怒るどころか大きく笑った。


「そりゃ、そうだ。今は委託職員だ……」


 このやりとりに秋水はにやにやし、春平は頭を抱えた。


「で、何をもらったの?」


 店主が聞く。


「えーと、ジャガイモに人参、玉ねぎ、長ネギ、ぎゃべつ、ゴボウ……」


「じゃあ、今夜はカレーと洒落込みますか?」


 秋水が提案する。


「そうだな、養鶏農家の人から廃鶏を捌いたのをもらったら肉もあるな」


 春平も乗る。


 ラフに来ているものが多い中、猪口が正行を伴って中に入った。


「『噂』は春平から聞いてます、猪口直衛さん」


 その前に店主が椅子から立ち上がり向かい合うように立った。


「そうですか……僕も古本が好きで……ああ、文学とかではなく犯罪履歴とか推理小説とかですけど……時間があれば、少し手に取って読んでみたいです」


「それは、それは……今からでも閉店時間までなら大丈夫ですよ」


「ああ、今度にします。実は、今日用事があるのは、平野平家の人たちなので……」


 その言葉に春平、秋水、正行の雰囲気が少し変わるのを『婿殿』は感じた。


 今まで、そこいら辺にいる人間だったのに、空気が妙に冷たい。


 同じ部屋にいて同じ空気に触れているのに……


「話は、私たちの家でしましょう」


 春平の声も低い。


 静かに頷く猪口。


 店主は溜息を吐いた。


『婿殿』はこの展開が分からない。


 しかし、猪口達四人はさっさと店を出て駐車場へ向かった。

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