第三章 父と息子と時代(前編) その2

 老人たちを見ているのも飽きたので、秋水はカウンター内の従業員に言った。


「『婿殿』。さっき隠したモデルガン出してみ。俺が視てやる」


 その言葉に『婿殿』は周りの様子を慎重に見回した。


 店内には客は春平と秋水だけであり、店長も春平とともにパソコンで色々話している。


 窓の外では、まだ夕食の買い出しや学生たちの帰宅時間には、まだ早く商店街の往来もまばらだ。


 それでも、こそこそとカウンターの下から一丁の拳銃を出して、置いた。


「……あの、秋水さん」


「何よ?」


 返答しながら秋水は拳銃を慣れた手つきでリボルバー式拳銃を出した。


 中に装填されているのは……真鍮の実弾ではない。


 小さなプラスチックの弾丸だ


 モデルガンであるが、その精巧さは外見では本職である警察なども見分けがつかない場合がある。


 軽さなどで、ようやっとわかる程度。


 そこまでモデルガンの再現度は高い。


「人気だよねぇ、コルト・パイソン357マグナム……」


 うっとり、美術品を見るよう秋水は丁寧に眺める。


「あの、秋水さん……」


「だから、何?」


「自分のことを『婿殿』っていうの止めてくれます? 僕にも名前があるんです」


「でもさぁ、この辺の住人たちは、あの爺さんがやたら『婿殿!』っていうから真似ているからねぇ……」


「放浪癖のあった僕を拾って、お嫁さんまでくれて、子供も大事にしてくれるのはわかるんですよ。でも、今でも『婿殿』ですよ? 必殺仕事人ですか?」


「中村主水だね。渋い!」


「僕は原作の藤枝梅安が好きです」


「それも、渋い」


「本題から逸らしていません? 僕は闇仕事とか裏社会とか全くきれいさっぱり分からないんですし、誰かを殺めるなんて滅法嫌いです。単なるサバゲーユーザー、モデルガン収集家です」


 その言葉に秋水は苦く笑った。


「そりゃ、そうだ。『好き好んで』いるやるなんざ、よっぽどのメンヘラかラノベやドラマに感化されたアホだね」


 そう言いながら秋水の太い指が繊細に動き、どこから出した工具で分解を始めた。


「うんうん、ちゃんと定期的にグロス(布)で綺麗に掃除して油をして、整備してある。完璧だよ」


 そう言いながら再び組み立て直した。


 今まで愚痴を言っていたが、『婿殿』はその手早い動きに感動すら覚えていた。


「いつも見て思うんですけど、上手ですねぇ」


「そりゃ、君の所属しているチームの『傭兵さん』だし、君も初心者だから解説役とか必要だし、あそこで焼く焼肉が美味しい……」


「ああ、石塚精肉店の秘伝つぼ焼きカルビですね」


「そうそう」


 そそくさと、モデルガンを隠す。


「炭火で焼くともう、ねぇ」


「最高ですよね」


「おーい、婿殿! 通話が終わったから片付けよろしく!」


『婿殿』は「はぁい」と言って、コーヒーカップから片付け始めた。


 来店を知らせる玄関のチャイムが鳴る。


 四人の男の目が、注がれる。


 そこにいたのはパンパンに膨らんだエコバックを持つ平野平正行と、「どうも」と猪口直衛がいた。

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