第三章 父と息子と時代(前編) その1

 平野平秋水ひらのだいらしゅうすいは壊れた自撮り棒に応急的なガムテープを巻いて修理をしていた。



 彼は平野平正行の父親であり、石動肇にとっての師匠(秋水談。石動犯人は強く否定)に当たる。


 野性味のあるが優しい顔だ。


 二メートル十五センチの筋骨隆々に釣り合う顔である。


 だが、それだけではない。


 修行や傭兵時代の傷がアロハシャツの袖から見える。


 春はまだ少し早いのに、この男は真夏の服装で、足には特製のビーチサンダル。


 古ぼけた商店街というより、真夏のリゾート地のほうが合っている。


 短パンから伸びる足も大地を踏みしめるように太い。



「何で取材当日に親父に会うんだよ……?」


 愚痴る秋水。


「いやぁ、こちらも連絡したかったんですけど、いきなり自分のノートパソコンとスマフォを取られて『婿殿、知り合いとネット通信をしたいから教えろ』ですよ」


 モデルガンを愛でていた男性従業員がカップに入ったコーヒーを秋水に出した。


「あー、ローカル時代の親父たちらしいねぇ……こちとら、一生懸命、商店街をアピールするためにユーチューバーになってお店紹介しているのにねぇ……」


「ねぇ」


 カウンターで今にも壊れそうな椅子に座りながら秋水は絶妙のバランス感覚で座ってコーヒーを飲んでいる。


 一方、カウンター内では『婿殿』が窓際の席で小さな画面の向こうにいる相手と楽しく話す、老人二人を見る。



 一人は白髪の日本にいる老人。


 たぶん、日本の百科事典で『日本の初老の男性』として紹介されそうな穏やかそうな老人だ。


 ブラウスに薄いカーディガン、スラックス、少し値の張った使い慣れた革靴。


 まさか、彼が、秋水の父である春平とは誰も思うことはない。


 しかも、同年代から見ても健康的で中肉中背で、秋水より明らかに低いのに未だ、息子と孫である正行を含め、弟子の中で「まいった」とか床に叩きつけられることはない。


 どんな巨体でも、動体視力のいい石動が見ても、一瞬のうちに相手を床に叩きつけるし、抜き手さえ見せず、無言の気合で藁人形を一刀両断する。


「修行には顔を出さないし、『現役を引退しているから』なんてトトカマぶっているけど、油断も隙もない」

 とは秋水の談である。


 

 もう一人は、カウンター内の男性と同じブラウスにジーンズ、同じ素材でできたエプロンに片手には埃叩きを持ってクルクル回してコーヒーを飲んでいる。


 この店の店長である。


 大学卒業直前に亡くなった叔父の古本屋を受け継いだ。


 頭髪は春平ほど豊かではなく、頭頂部から首の生え側あたりまで禿げている。


 だが、どうにか両サイドの耳の周辺は生き残っているので周囲の人間は言う。


『往生際が悪い』


 足には、サンダルを履き、白い靴下を履いているのが分かる。



「しっかし、すげぇよな」


 遠目でコーヒーをすすりながら秋水が言う。


「何が?」


 カウンター内の従業員が聞く。


「あの二人、パソコンの画面を見てスピーカーで会話しているのに老眼鏡も補聴器もなしだぜ」


 従業員も視線をあげて、窓辺の二人を見た。


「あ、本当だ」

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