第一章 陽気な人々と日常 その4
「これ、うめぇっす!」
これは、うわべや世間体を気にしての言葉ではない。
本心からの言葉だ。
「でしょう?」
「でしょでしょ?」
阿佐ヶ谷氏夫人たちも笑顔で頷く。
「正行君に以前、バレーを教えてもらった時のお礼よ」
「……は?」
「まあ、実際には、石動さんと秋水さんをコーチにしたけど……その時の非礼のお詫びよ」
その言葉に今度は正行が苦笑した。
正行の家は代々武芸を継いでいる。
流派の名前はないが地元の人間は『星ノ宮の守護鬼神』、もっとシンプルに『星ノ宮の鬼』とも言われ、恐れられいた。
その修行は苛烈を極めるという。
性別、年齢、同族などは関係なしに基礎体力から鍛えられる。
女性はもちろん、生理などは言い訳にならない。
また、その性格ゆえに家族すら家族と認められず、特に母になる女性は単なる家政婦と子孫を産むことと夫の性欲を満たす義務が課される。
弟子は百人いて一年後に一人残れば上々だった。
だが、本人たち曰く「それは、誇張が入っている」
実際、正行は普通に大学生をしているし、父である秋水は不動産仲介業者で、祖父の春平はアマチュアの歴史学者である。
確かに体中傷だらけだが、顔に変な傷はないし、商店街やスーパーで買い物をするし、地域の宴会などにも行く。
「まさか、あんなに正行君がバレーボールがダメダメなんて知らなかったわぁ」
阿佐ヶ谷夫人が思わず言う。
「駄目よ。姉さん」
妹の渋谷夫人が咎める。
「そんなに下手ですか?」
ビールの入った担当教授が面白半分で聞く。
「ええ、それは酷いもので簡単なトスさえ顔面に直撃させていましたから……」
「わざとではないのだけど、力加減ができないのか……終いには、私たちが彼にバレーボールを教えていましたわ」
「でも、そこに秋水さんたちが来て下さったんです」
「特に石動さんは本当に教えるのが上手で……」
お喋り好きたちから正行は逃げるように、やりたかった大型農業用トラクターの試運転に足を無言で、でも、一応目礼して、向けて……逃げた。
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