第一章 陽気な人々と日常 その3
移動食堂車、キッチンカーには商品の写真とスプレーで書いた商品名があった。
「カンツォーネ?」
下に段ボールの裏に書かれた値段を見て驚いた。
千五百円。
こういう場での飲食ではかなり破格の高値だ。
ほかの売り物はない。
確かに街で飲食をすれば、それぐらいの値のするものはある。
しかし、学生がやる模擬店では異様な価格だ。
周りを見る。
運んできた夫人たちのほかに見知った大学の農業科や担当教授や同級生の保護者が目で『さぁ、買え!』と言っている。
--反論と理由は買って食ったあとでいい!
周りは囲まれている。
金には、まだ、少し余裕がある。
重圧に押されるように正行はほかの客に交じり『カンツォーネ』なる食べ物を注文した。
学生たちは客をさばくのに忙しく、立ち回っているが、正行は無理に焦らせることはなく、無事に目的の食べ物を手に入れた。
半分キッチンペーパーに包まれた半円状のきつね色をしていた。
口は閉じられている。
熱々で正行は息で冷ましながら小さく一口齧る。
確かに熱々で、サラダ油で揚げてある。
パンというよりピザ生地に近い。
程よく焼けた小麦の匂いは学生たちの努力の結晶だ。
さて、いよいよ、中身である。
先ほど以上に慎重に食べる。
中のチーズが伸びる。
何度か咀嚼して、正行は無言のまま食べ続けた。
そして、また、カンツォーネを買って食べた。
普段の正行なら「美味しいです」とか感想を言うのに、正行は無表情のまま二個目を食べている。
--口に合わなかったのだろうか?
だとすれば、二個も食べない。
しかし、普段と違う正行の様子に周りの者が不安になり始めた。
二個目を食べ終えた正行は真っすぐ、阿佐ヶ谷夫人たちを見た。
射貫くような視線に彼らは少し驚いたが、それはすぐに溶けた。
正行は必死に笑いを堪えたが、すぐに爆笑になり、周りも爆笑した。
生地の上に農業科秘伝レシピのトマトペーストを塗り手作りベーコンの塩味と甘いスイートコーンというシンプルな具材に何種類かのチーズ。
これらが口の中で美味しい連鎖爆発をする。
肉の歯ごたえやコーンの香り、トマトペーストの旨味、チーズの豊かな濃厚さ……
--ビールがあれば最高!
正行は思った。
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