第一章 陽気な人々と日常 その1

「いらっしゃい、いらっしゃい! セクシー大根の競りが始まりまーす‼」


 今日は、豊原大学および豊原高校の合同農業祭だ。


 豊原県の未来を担う農家の担い手の卵たちによる農作物や畜産加工品が市場よりも破格の安値で売買される。


 

 豊原県は千葉県からかかる『豊原大橋』によって本土とつながった島丸ごとが県の土地である。


 大きさは群馬県(六万平方キロ)ほどで海岸部から山岳部まで豊富な地形があり、いち早く官民を挙げてIT化などを推し進め『電脳都市』とも言われる。


 それらを駆使し、工業や農業も効率化している。


 それでも、第一次産業の担い手はだんだん不足しているのが現実である。


 

 これらの問題解決の担い手でもある彼らが作ったものは不揃いなものやいびつなものが多いが、その分安く手に入るので遠方からくる家族もいるほどだ。


 それを百人程度の学生たちが売り手や誘導係になり、農業用大型トラクターに試乗させたり自分たちで作った菓子や料理を有料で売る。


 彼らにとっても『商売』という難しさや楽しさを知る貴重な体験なのだ。



 その中にひと際背が高く、早春なのにジーンズに薄手のブラウス、薄手のカーディガンの青年がエコロジーバックとリュックサックを背負って人ごみの中を歩く。


 いろいろな人が来ている。


 買い物するものはもちろん、スーツ姿でこの機会に学校へのアプローチをする企業やNPOもいる。


 彼らは学生たちなどから見えない場所で名刺交換や情報共有をする。


『お祭りなんだから、もーちょい、楽になればいいのになぁ』


 自分の観察眼に呆れながら、青年は溜息を吐いた。


 名前は平野平正行ひらのだいらまさゆき


 確かに豊原大学に在学しているが、所属は国文科近世文学専行である。


 今日はただの客として、食材を買いに来た。


 広大な農業科専用の敷地を歩く。


 科が違うと、ほぼ始業式と卒業式ぐらいしか顔を合わさず、まして農業科となれば十五キロほど離れた専用のキャンパスと寮がある。


 もう、小さな町だ。


 正行は、冒険者のように彷徨いつつ食材を買っていく。


 

 その背中を見つめる眼鏡姿の二人の婦人が顔を合わせ、頷き、正行に向かい歩き出した。


 

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