序章その二 「ゲームは、もう、始まっている」 1
志摩子が内心で感心しているとき、猪口直衛は生きた心地さえしてない。
何とか鼻で大きく呼吸して、集中する。
『大丈夫だ、俺は不利になるようなことはしない!』
などと自分を鼓舞する。
なのに、のんきな自分もいる。
『しかし、いいお茶だな』
意外なことだが、厳つい顔をして猪口最大の特技はお茶入れだったりする。
話術だけでは間が持たない場合がある。
そんな時、お茶を入れる。
昨今、インスタントやペットボトルのお茶も否定しないし、研究材料にすることもある。
自分でも淹れる。
現役の時は自分専用の道具セットがあった。
もっとも、抹茶などではなく、最高はやかんで湯を沸かし湯もみで適温に冷まし湯のみに入れる。
昔から『怖い存在』の一人が懇切丁寧に教えてくれた。
その彼から見ても、いい抹茶だ。
湯の温度、匂い、味……
その全てが実に素晴らしい。
日本から消えつつある上質の茶畑や職人がわが子同然に育てた茶だ。
それを彼女が一つにまとめた。
実に素晴らしい。
今度は茶菓子が供された。
これも礼儀作法に倣い、丁寧にお重のふたを開ける。
--おや
そこには可愛い水饅頭が一つあった。
梅の花が隅に添えられていて、季節を感じる。
夏の菓子だけど、本当に茶会に来たわけではないのだから気にはしない。
黒文字と指で懐紙に移して二つに切る。
意外なのは水饅頭にしては反発力がある。
普通に押すと、返される。
ちょっと指に力を入れると、すっぱり切れた。
片方を刺して食べてみる。
驚いた。
口の中の皮膚に引っ付く。
その中の唾液で今度はにゅるにゅる遊ぶよう。
それを噛みしめる。
中の餡子も上々だ。
お茶を飲んで、今度は、二段目のお重を見る。
また、猪口は驚いた。
中にあったのは、茶菓子ではない。
古びたカセットテープがあったからだ。
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