序章その二 「ゲームは、もう、始まっている」の前

 世界の美と日本の美は様々な学者やファンが違いを語っている。


 しかし、誰もが言うのが西洋諸国が金や軍事力に物を言わせて高価で贅を凝らしたものであるのに対して、東洋、こと日本の美意識は全く違う。


 確かに中尊寺金色堂や豊臣秀吉の金の茶室などは『贅』かも知れないが、そこにあるのは乱世で傷ついた人々の祈りや願いがあった。


 平穏な世界。


『贅』は日常の生活にこそある。


――静かに茶をすする。


 たった、それだけに日本の茶会には恐ろしいほどの礼儀作法がある。


 

 夕闇迫る茶室に、和服の老婦人が茶を点てていた。


 その所作、一つ一つが正確無比で教科書通り以上の優美さを持つ。


 ただ、その目や口元は実に冷ややかだ。


――実によくできた能面


 それが猪口が老婦人を見た第一印象だ。


 龍野志摩子。


 現在、龍野財閥の頂点に君臨する『日本の鋼鉄女』。


 この仇名は彼女が女性ながら男性かそれ以上のカリスマ性、剛腕さ、知識量などありとあらゆるもので他者を圧倒する。


 時にそれは『ワンマン経営』とか『冷血経営』とか揶揄されるが、それを彼女は一睨みでねじ伏せる。


 人の心を、精神を、押しつぶす重圧プレッシャー


 それに誰もが押しつぶされる。


 頭の先から足先まで地に伏し、もがく、あがく。


 その抵抗心はやがて、恐怖に変化する。


――敵わない


 そして、去って消えていく。



 だが、今、茶碗を置いた男に、自分に対する過度な畏怖や恐怖はない。


 ただ、静かに礼儀作法に則り茶をすすり、一礼する。


 名前は『猪口直衛』。


 義息子の直哉が連れてきた男。


 自分より少し年下で一見普通の壮年男性だ。


 その男が自分を前にしても実に落ち着ていることに、志摩子は感心した。


 こんな骨のある男は死んだ夫以外中々いない。


 礼儀作法も実に慣れている。



 だが、そんなことをおくびにも出さずに志摩子は重箱を猪口の前に置いた。

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