序章その一 猪口直衛という元刑事と「えん」 5
夕方が迫る都会の表情は、どこか内気な子供の頬の色をしていると猪口は思う。
かつての初恋の相手がそうだったのか、孫の顔がそう見えさせるのか?
恒例の夕方渋滞に掴まった龍野が運転するダイハツTANTOからは様々なジャンルの音楽が流れている。
美術館から出て専用駐車場で観た時は驚いた。
普通ならベンツなどを使うのだろうが、『高級車は自分には荷が重い』と龍野は助手席を空けた。
もしも、何も知らない人間がみたら出張帰りの上司と部下にしか見えない。
不意に龍野は音楽を切った。
「何も話しませんね。それにしかめっ面だ……何か悪いことを言いました?」
その言葉に猪口は慌てて首を振った。
「いいえ、あなたは悪くないです……ただ、もしも、古傷をえぐったのなら申し訳ないと思います」
もてあますように指を動かして、猪口は小さく首を下げた。
「古傷? ……ああ、養子の件ですか? 気にしないでください。下手に同情や泣かれるよりかはずっといいし…… あなた、本当に素直ですね。正直、よく刑事が出来ましたね」
「『口先三寸』と『運』、それと彼らのおかげです」
「彼ら?」
「あなたがたが自分を呼んだ目的の……仲間です」
その言葉に龍野は意外そうな顔をした。
「『公安特級エース』の仲間ですか?」
「そんな仇名はとっくの昔に、そのへんにいた野良犬の餌にしました……色々制約はありますが、彼らこそ、あの街の守護者です」
車が動く。
「正直ついでに告白しましょう。今回、自分……俺はあなたと会えるのを本当に楽しみにしていた」
また、龍野は驚いたが出来るだけ平然を装った。
「それは政財界への足掛かりですか?」
「いいえ、俺は、自分の弱さを自覚しています。いつも誰かに助けてもらわないと立つことすらできない。こういう強面だし、仕事が仕事だから気を張っていますが、本当は怖くて仕方がないのです。だから、人に会って話をして友達になれたら嬉しいんです」
「……変わった人だ」
龍野の言葉は再び流されたアニメソングにかき消された。
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