序章その一 猪口直衛という元刑事と「えん」 3
「こちらこそ、初めまして。猪口直衛と言います。生憎、名刺があればお渡しできるのですが、新しい職場に赴任して時間がなく……一応、メモ用紙で申し訳ありませんが、こちらに名前と住所、メールアドレスなども記載しました。お受け取りください」
猪口は胸ポケットから龍野に二つ折りにしたメモ用紙を両手で渡した。
「ありがとうございます……改めて、龍野直哉です。名刺をどうぞ」
今度は龍野が名刺を両手で渡した。
『龍野財閥』の文字に猪口は若干目を細めた。
この世界における戦後日本はGHQによる財閥解体がされず、戦国時代から天皇家を守護していた龍野を中心とした通称『
その中でも龍野家は現在でも五家の中心を成し、三つの家から守られている。
猪口家、鹿児家、蝶野家。
彼らは花札になぞられて「猪鹿蝶」などと言われる。
それぞれの家にお互いは干渉せず龍野家の命令で動く。
しかし、それも前時代的な話でネットの世界では『猪鹿蝶』は既に都市伝説と化し、混迷する世界で五家の力も国際力が衰えている。
実際、壮年の猪口直衛は初めて龍野家と接触したのだ。
いつもより高鳴る鼓動を猪口は必死で隠し、平然としていた。
鼻でする呼吸は何時もよりも深く吸い、吐く。
単純な呼吸法だが、それだけでも、だいぶ隠せることを猪口は知っている。
ヤクザや大物政治家を相手にする時、本来小心者の猪口は逃げ出したいほど震える。
若い頃なら逃げ出したいほどだった。
でも、それ以上に『怖い存在』を知っている猪口は何とか逃げなかった。
『怖い存在』たちは、彼に度胸をつけさせた。
「ほんの少しの勇気と、あとはぶっつけ本番のやけくそ根性ですよ」
その言葉は確かに、猪口直衛に刑事としての度胸と勇気を与えた。
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