序章その一 猪口直衛を言う元刑事と「えん」2

 最後の部屋についた。


 猪口が扉を開ける。


 そこにはサイドに保管した美術品なんどは無かった。


 ただ、大きな円が見物の前に来るようになっていた。


 半径などから見ると数メートルあり、遺作と思われる。


 出入りでもらった解説用イヤホンを聞く。



 目の前にあるのは『円相』といい、人や宗派によって考え方が違う。


 例えば禅宗では、その絵を見て人の一生を思ったり、宇宙を感じたりするらしい。


 密教では中に字を書き、宇宙で最初の言葉『阿』を体内に取り入れることで自分を宇宙と同化させる。



 それが分からない猪口は出入り口でもらった案内用インカムに耳に入れてる。


 面白いのは、癌で一週間絶食した会長がいきなり、部下たちに紙と筆などを用意しさせ渾身の力で書き終えると大きな声で叫んだ。


「我、中心に至り!」



 どうやら、大病が脳まで達したらしい。


 そこから数日で会長は死ぬ。



 だが、猪口の脳裏には味のあまり染みてない大根が思い浮かんだ。


 母は作る調理は貧しくとも美味いものだった。


 世の中は「味染み」などというが、猪口は少し硬くて大根の風味があるほうがいい。



 そこに別の足音がしてきた。


 薄暗い電灯に出た顔は穏やかでや優しい顔の壮年に差し掛かった男だった。


「はじめまして、猪口直衛さん。僕、龍野直哉です」


 猪口の前に現れたのは礼儀正しい男。


 中肉中背の、優しい風貌を男だ。


 ちょうどいい下がり目で穏やかに口角を上げ話しかけてきた。


 威厳はあまりない。


 自分より高級なスーツではあるが、釣り合っているようには見えない。


 むしろ、大手スーパーの三着〇万円のスーツの方が馴染むし、こんな高尚な場所より駅のコンコースや街中の雑踏にいそうだ。



――いかん、いかん。人を無意識に観察するのは職業病だな


 猪口は心の中で反省した。

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