物語のはじまり、はじまり
序章その一 猪口直衛という元刑事と「えん」 1
広い会場に革靴が歩く音だけがする。
余計な音楽や言葉や会話もない。
都心の一等地に堂々とある美術館だ。
ビル丸ごとが美術館で世界的に価値のある絵画や彫刻、陶磁器が所蔵し、常に世界中を動ている美術品も多々ある。
『社会貢献』という名の権力自慢が好きな男だったようだ。
名前ぐらいは職業柄、知っていたが全てに贅の凝らされている。
その部屋のテーマや構造であつらえる椅子や扉などに趣向を合わせている。
どれほどの贅を尽くし、作られたのだろう?
国立の美術館も圧倒する。
対等出来るのは、エルミタージュかルーブルか……
並の凡人では理解できない絵なども展示し、年間何万円も会員限定の展示もしていたようだ。
観る人が見れば価値が分かるかもしれない。
しかし、今、館の中に一人だけいる男には全く理解が出来なかった。
むしろ、最近同居するようになった息子夫妻にできた男の子、つまり、彼の孫が幼稚園の帰りのバスから飛び出すように出てきて大きな笑顔でお迎えに来た自分に飛びついてきた。
「きょうね、どうぶつえんにいったの! きりんさんにあったの! ぞうさんにあったの!」
そう言って、クレヨンで、全力で描いたであろう、動物たちの絵を見せた。
鼻で笑うのは簡単である。
しかし、かのキュピズムで名高いパブロ・ピカソは死の間際にこう言った。
――自分の絵はようやっと無邪気な子供の絵に近づいた
ふと、足を止め横を見ると明らかに自分の陰茎を模した絵を見た。
『俺の孫のほうが、よっぽどまともな絵を描くぜ』
それから、ため息を一つ。
『こんなものを延々見せられるんなら、もうちょい楽な服でもよかったかな?』
一張羅のオーダーメイドで作ったアメリカントラッドスーツ、上質のスーツという、数か月前で勤め上げた警視庁でも何度も着なかったスーツが泣いているような気がした。
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