第3話 友情
体育館の控え室で武志と康之は帰り支度をしていた。
「悪かったな変わってもらって」
「だって、武志が正キーパーだし、おじさんも、おばさんも応援に来てたじゃないか」
「ヤッちゃんは本当に良いやつだよな」
学校では康之と呼ぶが二人の時は「ヤッちゃん」と呼ぶのだった。
「ヤッちゃんが女だったら絶対に結婚するのに」
「武志が女でも良いだろ」
「やめろよ、気持ち悪い」
小学校から続いている二人だけのボケツッコミパターンである。
中学の時から生活の多くの時間を割いたハンドボールがひと段落した。武志は、少し寂しくて、少し気が楽になった。
横で静かに帰り支度をする康之も同じ気持ちなのだろうかと武志は思った。
一年の後半から武志が正キーパーで、康之が補欠となった。経験量の差は大きいが、武志は康之にマンツーマンでキーパーの指導をした。康之は性格が素直でどんどんうまくなっていった。キーパーが一人では試合をこなすことはできないので、二人体制となったが、やはり勝ちに行く試合には武志が出て、消化試合には康之が出るのだった。
「ヤッちゃん、ハンドボール部は楽しかった?」
ずっと聞きたかったが、それを聞くとなんか康之に失礼な気がして聞けなかった質問だった。
「うん、ハンドボールやって、武志と一緒にキーパーやって、楽しかったあ」
「ヤッちゃんは、これから勉強か、進学クラスだもんな、すごい大学狙ってるんだろ」
「いや、専門学校に行くんだ」
「えっ」
「東京にある専門学校、鉄道学科を目指しているんだ」
康之が鉄ちゃんだったことを思い出した。
「特進クラスだと、先生許してくれないだろ」
「うん。結構言われたけど、もう決めたから」
「武志はどうするの?ハンドボールやって行くの」
「無理無理、県大会にいけなきゃ推薦もないよ。まあこの夏休みにゆっくり考えるわ。けどヤッちゃんは偉いなあ、自分の将来をちゃんと決めていて」
「僕よりアキちゃんの方が偉いよ」
「確かに。けどさ、やっていけるのかな亜希子」
「大丈夫だよ。祭りのコンサートでも一番かっこよかったし、オーラがあったもの。東京の芸能事務所からスカウトされたんだから、やっぱ凄いよ」
「ハンドボール部女子が応援にきて盛り上げてたから目立ったんじゃないの。けどさ、亜希子は、アイドルやるには、背が高すぎんだよな。色も黒いし」
「色が黒いのは部活のせいだよ。小学校ときは色白だった。それから、踊りはキレキレだしね」
「まあ、運動神経はいいからな」
「大変なんだろうなあ、プロになるのって」
ハンドボール部の引退が決まって康之なりにプレッシャーがなくなったのかも知れない。
それにしてもよく話す康之だった。そして康之の素直な気持ちを始めて聞いている気がする武志だった。
「今更だけどさあ、ヤッちゃんは中学のときは、ソフトテニスだったろ。どうしてハンドボール部に入ったの」
「なんかさ、武志とアキちゃん見てて楽しそうだったからね。僕もやってみたくなって、ハンドボール。どうせやるなら武志と一緒にキーパーをやろうかなって」
「ふーん。俺は楽しかったけど、女子は亜希子以外弱くて勝てなかったから、辛かったかも」
「そうなんだ。けど、アキちゃん、いつも楽しそうだった。いまも楽しくやってるんだろうなあ」
「まあ亜希子だから、がんばってんじゃないの」
「最初は小さなグループに入ってたけど、それも解散しちゃって。また新しいグループで始めるのかな」
「へえ、そうなんだ。けど、なんで知ってるのそんなこと」
「だって、アキちゃんの事務所のインスタとかフェイスブックでたまにでてるじゃない」
「ふーん。あいつも大変なんだなあ」
「大変なんだよ。やっぱり芸能人って、夏は忙しいんだろうね」
「芸能人って、いうほどのレベルじゃないだろ」
「事務所に入ったんだからもう芸能人だよ」
いつもの穏やかな口調ではない康之に少し引っかかる武志だった。
「あれ?」
風鈴祭りで、ハンドボール部以外では、いつも康之が応援に来ていたことを思い出した。
幼馴染だからと思っていた。
高校入学の時に、康之がハンドボール部に入ったと亜希子と話が盛りあがっていたのを思い出した。
いつもの会話だと思っていた。
「ヤッちゃん、お前、まさか亜希子と話しを合わせるためにハンドボールを始めたとか?」
「そんなわけないだろ。アキちゃんとは関係ないよ」
そう言って康之はバッグを持って立ち上がった。
体育館の2階の窓から夏の強い日差しが康之の顔にあたった。
「風鈴祭りももうすぐ終わりかあ。今年も風鈴祭りに帰ってこないんだろうなあ。東京と此処とは近いのになあ」
「亜希子に帰って来いって、LINEすればいいだろ」
「アカウント、知らないし、帰って来いって言うわけにはいかないだろう」
「言うわけにはいかない、のかなあ。うーん」
武志はじっと考え込むのであった。
***
風鈴にぶら下がっている短冊には「がんばれよ」と書いてあった。
「がんばれよ、か。がんばって済むなら簡単なのよ」
佐川にいつも言われている言葉が浮かんでくる。
「歌も踊りも演技も、ひとつひとつは良いの。ただね、全部足した時のあなたは魅力が出しきれていないの」
全部足したときの私の魅力と言われても、それが分かれば苦労はしない。
「結局、最後の押しが弱いってことなのかな」
風に揺られていた風鈴の奥から、もうひとつ小さな短冊が顔を出した。
風鈴の中に入っていたに違いない。
短冊が出てきたとたんに、風鈴は軽くてリズミカルな音に変わっていった。その短冊には「来年の風鈴祭りで会おう!」と書かれていた。
「祭りで会おうって。何それ。ヤッちゃん、今更私にコクってるの」
風鈴が鳴った。
「これが、ヤッちゃんの最後の押しだったりして」
風鈴の音が聞こえた母がベランダにやってきた。
「康之君、かわいい風鈴送ってくれたのね。それでなんだって」
「おすそわけですって」
「何?」
「お祭りの、おすそわけだって。けど本当に汚い字ね。まるで武志みたい」
亜希子は小さな短冊を、風鈴の奥に優しく戻した。
おすそわけ nobuotto @nobuotto
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