第2話 風鈴祭り

「亜希ちゃん、康之君からあなた宛に何か届いたわよ」

 母が部屋に小包をもってきた。

「ヤッちゃんから?こんな時に、まったく」

 たまたま今、小包が届いただけで康之には何の責任もない。けれど、無性に康之に腹が立つ亜希子であった。

 埼玉の高校から東京の高校に転校してから二年経ち三年の夏休みも、もうすぐ終わりだ。

 高校在学中に結果を出すという目標の期限ももうすぐ終わりそうであった。

「壊れもの注意」と書かれていた小包を開封すると、新聞紙でしつこいくらいに包まれた風鈴がでてきた。

 情緒のかけらもない、大きな目玉が二つと大きな口がサイケデリックに描かれたガラスの風鈴であった。

「ヤッちゃん、こんな趣味だったの?風鈴って、もう夏も終わりじゃない」


*** 

 武志と康之と亜希子は同じマンションに住む幼馴染だった。同じ小学校に通い、同じ地元の中学に通った。中学の部活は、武志と亜希子がハンドボール部で康之はソフトテニス部だった。

 武志と康之がハンドボール部に入学した時に、ハンドボール専門の先生が顧問となった。それから弱小部はメキメキと強くなって行った。

 ハンドボール部は女子と男子に分かれていたが、女子は男子の、男子は女子の応援に必ず行っていた。女子の応援は男子部員一人一人に応援フレーズを作ったり、試合の展開に合わせた何種類かの手拍子を考えたりと工夫に富んでいる。しかし、男子は「イケイケ、イケイケ」「一本、一本決めちゃって」と声が大きいだけで何の工夫もない。

 女子の応援のおかげで男子は県大会まで進むことができて、男子の応援のせいで女子はいつも市大会で終わっていた。単に実力がなかっただけなのに、女子部員は誰もが本気でそう思っていた。

 武志はハンドボール部のキーパーで県大会にもいき、高校も推薦入学だった。

 康之は、高校の進学クラスに入ったのだが、進学クラスでは珍しく部活、それもハンドボール部に入った。武志よりも背が高く手足も長くてキーパー向きであったが、高校生から始めたためかボールを恐れることがあった。


*** 

「そうか、今年の風鈴祭りも終わったんだ」

 地元の神社では、七月の下旬から八月のお盆まで、風鈴祭りが開催される。百八つの風鈴が、境内の鳥居から本殿に続く回廊棚に吊り下げられる。鉄製や、色とりどりのガラス製の風鈴は、祭りに来る人の目も耳も楽しませてくれる、この街の夏の風物詩であり、日本全国から見物客が来る有名な祭りであった。

 風鈴祭りでは、地元商店街が主催するイベントが開催された。

 亜希子は小学校の高学年から、地元アイドルグループとしてミニコンサートを行っていた。ハンドボールでもキーパーの背の高い亜希子は、中学生になるとひときわ目立っていた。

 ミニコンサートの映像がYouTubeにも流され、東京の芸能プロダクションの目にとまり、亜希子はスカウトされた。

 高校に入ってからも、埼玉から東京の事務所まで歌と踊りのレッスンで通っていたが、もっと本格的にと母と一緒に上京し、学校も一学期で転校した。

 それからというもの、事務所の指示で毎月のようにオーディションを受けている。

「なんか、あの祭りの頃から十年くらい過ぎちゃった気がする」

 亜希子は風鈴をベランダに吊るした。

 それまで全く風が吹いていなかったのに、風鈴を吊るした途端にそよそよと風が吹いてきた。


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