おすそわけ

nobuotto

第1話 それぞれの今

 オーディション落選の報告メールが、事務所の佐川から送られてきた。最近は電話でなくメールで済まされることが多い。

 新人担当の佐川のお抱えメンバーの中には大手の雑誌モデル、端役ではあるがドラマの出演が決まる子もいた。

 結果の出ない自分を何かと面倒を見てくれる佐川には感謝しなくてはいけない、そう自分に言い聞かせても、ふと思うのだった。

”もう辞めようかな”


*** 

「先生、武志を試合に出してください」

 康之の言葉で、堰を切ったように、後輩達も声を揃えて言うのだった。

「先生、武志先輩を試合に出してください」

 夏の区リーグはハンドボール部三年生の最後の公式戦だった。既に市大会進出のベスト四校が決定したあとの試合は、消化試合でもあり、三年生の引退試合になる。

 これまでも練習方針で武志と顧問の池田がぶつかることがあった。池田の指導方針は、正攻法で基礎力を重視するものであった。武志は、うまくなる練習だけでなくフォーメーションの強化など、勝つための練習をすべきだと主張していたのであった。

 昨日の試合のあとで武志は池田に食ってかかった。メンバー交代が遅くて、勝てた試合も勝てなかった、ベスト4を逃したと先生に食ってかかったのであった。武志が最後に爆発したことで池田も愛想が尽きたのかもしれない。今日は試合前から池田は武志を無視していた。

 池田の態度は度を超えていると武志も思っていたが、自分から頭を下げる気にはならなかった。ただ、最後の試合だからと応援に駆けつけてくれた両親には済まないと思っていた。

 結局、康之や後輩の直訴で池田も渋々武志を試合に出した。流石に大人気ないと思ったのだろう。

 引退試合は、前半の大量得点を覆すこともできなくて、あっさり負けた。

 しかし、武志を含めた三年生全員が試合に出場できた、清々しい試合となった。


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