第2話 キャラメルの場合

 これは本編の世界でもなく「もしも白南風くんがキャンディーを贈っていたら……」の世界でもない話。





 ■□■□




 俺とマチコさんはベッドに腰を下ろしていた。アパートに来る道中で冷えた体を、コーヒーで温める。コートを脱いだ流れで抱くことはできない。経験の少ないマチコさんの体を強ばらせてしまう。今までは、俺のペースに合わせられない女をふるいにかけていたが、マチコさんだけは大切にしたかった。


 カバンの中をごそごそとしていたマチコさんは、包み紙を開いて口に入れる。


「マチコさん、また減ってない? 朝渡したときに食べてたから、十個ないと計算が合わないよ」

「しら、恭太さん、いつの間に数えていたんですか?」


 マチコさんはキャラメルの箱を隠した。駄菓子のキャラメルではない。フランスの発酵バターを惜しげもなく使った塩キャラメルだ。本を模した箱に描かれていた栗鼠より、マチコさんの方が何倍も可愛い。何度でもつまみ食いをしてくれ。俺に見られたとき、マチコさんは目をしばたかせる。笑いを殺すように唇を噛むときと比べ、自然な表情になるから好きだ。


「買ったの俺だし。マチコさんが最初に食べたときの数ぐらい覚えてるよ」


 美味しいと言ってもらえるか不安すぎて、一挙一動を見守っていたのは内緒だ。

 ひえぇと汗をかくようなマチコさんの反応に、思わず笑顔になる。


「キスして、いい?」

「すみません、しら、恭太さん。まだ食べきってないです。歯にくっついちゃって」

「じゃあ、違うところにキスする」

「……はい?」


 俺はマチコさんの手の甲をなぞる。くすぐったそうな顔をされるが、抵抗する素振りはない。そのまま手首を持ち上げ、俺の唇まで運んだ。第一関節から手の甲にかけて、触れていない場所がないようにキスをした。


「あの……し、恭太さん。食べ終わりましたから。その、ぎゅっとして、も、誤嚥を引き起こしませんよ?」


 俺の腕の中に収まろうとするマチコさんから、グリーンティーの香りがした。ずっと嗅いでいたいのは、柔軟剤の香りが良いだけではない。


「マチコさんといると落ち着く」


 抱きしめてから、マチコさんの香りを吸い込んだ。横髪を耳にかけてあげ、待ちわびていた唇と重ね合わせる。


「しら、恭太さん」

「どした?」


 返事の代わりに、包み紙を解く音がした。うつむいたマチコさんが、キャラメルを半分口に含む。


「んっ……」

「俺に分けてくれんの? マチコさん優し」


 頭を撫でながら指で摘まもうとすると、涙目で首を振られた。


「指が駄目なら間接キスになるよ。間接キスして良いんだ?」

「んー!」


 あまり焦らしすぎたら、マチコさんが二度と頑張れなくなるかもしれない。俺は唇を重ね、キャラメルを受け取った。


「しゃわー、お借りして、良いですか?」

「どうぞ。美味いものもらったし、良い子して待ってるわ」


 マチコさんが浴室に行った後で、お返ししなきゃいけないのがまた増えたと独りごちる。ほんのり甘い塩キャラメルを舐めながら。



〈次話 チョコレートの場合〉

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