第3話 後ろの正面
武志が下津河原についた頃には、立ち入り禁止の縄の周りは村の住民で溢れていた。人ごみをかき分けて河原に行くと、顔見知りの警官数人が現場検証を行なっていた。
「宮坂」
先輩警官の杉山が、「こっちへ来い」と呼んでいる。
既に二人の男性が救急車で運ばれたと言う。
「このあたりで倒れていた。身体中擦り傷だらけだったよ」
「杉山先輩、これは」
「ああ、この首なしマネキンだろ。何でこんなのが二つ転がっているのか、今話していたところだ」
「先輩、実は、駐在所に、この事件に関連すると思われる女性が救助を求めて来ています」
「そうか。じゃあ、その人を県警まで連れて行ってくれないか。県警で事情を聞こう」
武志はパトカーを借りて駐在所に戻った。
武志が駐在所に戻ると、そこには、早めに休暇から帰ってきた寺本がいた。
武志は、急いで宿直室に行ったが、そこにはテレビを見ている亜希子しかいなかった。
「亜希子ちゃん、桜田さんは」
「お姉ちゃんは、どっかに出て行っちゃった」
「どっかって」
武志は、慌てて女性の探索を依頼する電話を県警にかけるのだった。
「寺本巡査部長、自分は、一旦署に行きます。休暇のところ済みませんが、駐在所をお願いできますか」
「おお、いいから、いいから、ここは俺が見ておくから、早く行って来い」
***
数時間後に、武志が駐在所に戻って来ると、寺本が制服に着替えて日誌を読んでいた。
「おお、お帰り。亜希子は宿直室で昼寝してるよ。さっきまでお兄ちゃんが帰るまで待ってると起きてたんだが。で、どうだった」
「男性二人には大きな怪我はなかったのですが、数日は検査入院するそうです」
「それはよかった。で、何か事件についての進展はあったか?」
「はい、キャンプ場に設置されていたカメラで映像を確認しました」
「あー、ちょうど夏前に俺が設置したやつだ。もう役にたったのか、しかし、流石県警はやることが早いなあ。それで何か写ってたか」
「雨音と、かごめの歌が聞こえた途端に、何者かがカメラに布の様なものを被せたらしく、画像は真っ暗になり、それから全く見えなくなって、数分間、かごめの歌と男性の叫び声だけが聞こえて終わりでした」
「それじゃ、何も分からんな」
「はい。それより桜田さんがいないのです」
「ああ、お前の後から出て行ったという女性か。気が動転してたんだろ。県警が探してるから、すぐに見つかると思うがな」
「いや、そうじゃなくて、被害者の男性に、ざっと事情を聞いたらしいのですが、キャンプは二人で行ったと言うのです。それからマネキンについて聞いたら不法投棄場で拾ってきたというので、そちらのカメラも確認したところ、やはり、男性二人しか写っていなかったということで…」
「はあ?つまり、その女性はそもそもいなかった、ということか」
「何が何だか分からなくて。明日もう少し二人が落ち着いたら聴取を再開するとのことです。それから亜希子ちゃんの話も聞きたいと」
「それはいいが…」
宿直室からゴトンと音がした。
「亜希子、聞いてたよな」
宿直室の戸が開いて、亜希子が出てきた。
そして「エヘ」と小さく舌を出した。
「亜希子ちゃん、悪いけど、明日警察署で桜田さんについて話して欲しいんだ」
「いいよ」
宿直室から出てきた亜希子は、寺本と話している武志の背後にそっと周り込んだ。
「後ろの正面だあれだ」
ゾクっとして振り返ると亜希子が楽しそうに笑っている。
可愛いすぎる笑顔に、武志は心の奥が凍りつくような気がした。
「亜希子いい加減にしろ。もう帰るぞ。宮坂、俺はこいつを屋敷まで送ってから、また来るわ」
そう言うと寺本は、亜希子の手を引いて駐在所を出て行った。
外に出ると寺本は周りに誰もいないことを確かめて、小さな声で亜希子に聞いた。
「お前は、どこからその女性を連れて来たんだ」
「だから、道で会って」
寺本の鼻の穴が大きくなった。寺本が本気で怒る時の前触れであった。
肩をすぼめて亜希子が言う。
「裏にいるよ」
寺本が亜希子を引きずるように駐在所の裏に行くと、そこには首のないマネキンが一体転がっていた。
「あちゃー。亜希子、もういい加減にしてくれないか」
亜希子がムッとした顔で答えた。
「けど、川を汚す人は嫌いだし、人形を壊す人は、もっと嫌いだし」
寺本の鼻の穴が大きくなる。
「せっかくの力を無駄に使うんじゃない。じい様に言いつけるぞ」
「やだやだ、もう使わないから、じいじに言わないで」
そして「エヘ」と亜希子は舌を出して笑うのだった。
かごめかごめ nobuotto @nobuotto
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