第6話
翌早朝、シャツとズボンという簡素な衣服に着替えたレンフェルは鍛錬上へと向かった。
夜の冷気を孕んだ風が黒に近い茶の髪を撫でる。
レンフェルははしばみ色の瞳を細めた。
眼前では少年たちが自主練習に励んでいる。彼らは騎士団に所属する見習い騎士たちだ。年の頃は十一から十四くらいまでで、集団生活を学ばせるため、体を鍛えるため、礼儀作法を身につかせるため、など様々な理由により近隣の家々から預けられている。
見習い騎士たちは座学や道具の扱い方、馬の世話、先輩騎士の使い走りなど日中はやることが多く忙しい。そのため少なくない少年たちが朝食前に基礎鍛錬に励む。
強制ではないこの時間に十数人の少年が集まっているのには理由があった。
「久しぶりに稽古をつけてやる。希望する者はいるか?」
彼らに混じって鍛錬を行ったのち、レンフェルが声をかけると「はい!」という声が口々に上がった。
「威勢がいいな」
「団長の稽古は数カ月ぶりですから!」
「よし。俺がいなかった間、どれくらい成長したか確認してやろう」
「よろしくお願いします!」
木剣を構えて打ち合いを行う。
一番最初に稽古をつける相手は見習い三年目の金髪の少年だ。もう間もなく見習いを修了し、彼はこのあと別の街にある騎士団へ正式に入団することが決まっている。推薦状を書いたのはレンフェルだ。
魔力はあまりないが剣筋はなかなかのものだ。このまま鍛錬を積めばいい騎士になるだろう。
「よし、次!」
「お願いします!」
今日は自主練習の参加者が多い。一人にかける時間はあまり取れないが、少年たちの顔は明るかった。皆、レンフェルの帰還を待っていたのだ。
全員に稽古をつけ終わったレンフェルは額の汗をぬぐった。まあまあの運動量でじっとりと汗をかいた。
まだ水浴びができる季節ということもあって、レンフェルは建物の後ろへと回った。井戸があるのだ。ここでよく水浴びをする。男所帯でなおかつ騎士団。礼儀だの何だの口やかましく言うものはおらず(パトリックはうるさいが)、ある程度自由にできるのがいいところだ。
シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎかけたところで人の気配を感じた。
従僕か誰かだろうか。
建物の影から人が現れる。
「……」
「……」
互いに見つめ合った。
「き……きゃぁぁぁぁぁ!」
大きな叫び声が響き渡る。第五師団では滅多に聞けない若い女性の……悲鳴であった。
そういえば昨日から若い女性が一人城館に住み始めたのだった。
いや、しかし。建物裏手にやって来るか? という突っ込みをしたいところではあったが、今はそれどころではない。
レンフェルは下を見た。
ズボンを脱ぎかけのため、下着がバッチリ見えている。その事実に思い至り慌ててズボンを上に引っ張りボタンを留めた。
リセラは顔を真っ赤にしてレンフェルを凝視し、ハッと我に返ったのかくるりと踵を返した。こういう時追いかけていくのも野暮というものなのだが、動揺をしまくったせいかリセラが足をひねらせた。
ポテッとその場に倒れ込むリセラであった。
「おい!」
レンフェルは助け起こすために彼女へと駆け寄った。
「大丈夫か?」
「うぅ……。大丈夫……です」
手を差し出すとリセラが手のひらを乗せた。分かってはいたが女性の指は細い。折れないのかと考えてしまう。
「念のために足を看てもらったほうがいいぞ」
「わたし薬師としてこちらにきたのに面目ないです」
「そういえば治癒魔法は使えるのか?」
「治癒魔法よりも薬品の調合の方が得意で…………」
そこでリセラは何かに気がついたのか身を固くした。
「ふ、ふ、ふ服を着てくださぁぁぁい!」
再び大きな声が轟いた。
レンフェルのすぐ前でリセラがあわあわと顔を真っ赤に染めながら動揺している。
「わ、悪い」
そうだった。公爵家令嬢の前で上半身裸はだめだ。深層のお嬢様なのだ。当然のことながら男の裸体に耐性などないだろう。
彼女から離れようとしたその時、第三者の声が割って入った。
「一体どうしたの――」
大きな声を聞きつけた見習い騎士である。変声期特有のやや掠れた声が中途半端に消えた直後。
「た、大変です、ベルツエ卿! 団長が不純異性交遊を始めています!」
などと言って慌てて元来た道を駆けていくではないか。
「してねえよ!」
とんでもない誤解を始めた少年に対してレンフェルはすかさずに突っ込みを入れた。
「こら待て! パトリックへの報告は要らねえ!」
慌てて追いかけようとするも、足をひねらせたかもしれないリセラをこの場に置いていくのはどうなのか。どちらを優先させるべきか、この時のレンフェルは判断に迷ってしまった。
少年の姿はあっという間に小さくなった。遠くから「ベルツエ卿~」と叫ぶ声が聞こえる。
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