第5話

 諸々の後処理が終わりレンフェルたちは帰国の途に就くことになった。

 リセラを正式に第五師団付きの薬師として連れ帰るには彼女の身分証が必要になる。このあたりはレンフェルの身分を以てすれば簡単に作成できるため不自由はないのだが、一応知らせておくか、と出発前にウォリンの国王には告げておいた。


 彼はリセラが勘当されたことを耳に入れており「そうか。よかった」と短く言った。

 顔に疲れが見てとれるが、他家の内情に首を突っ込むほど好奇心は強くない。


 最低限の身の回りの品を詰めた鞄一つを手に持つリセラを馬車に乗せ、レンフェルは騎士たちを引き連れてウォリン王国をあとにした。

 祝勝会でのことを知るはずのレンフェルの部下たちはリセラを粛々と受け入れた。


 団長であるレンフェルが彼女を新しい薬師に迎え入れると紹介した瞬間から、彼女のことは公爵家の令嬢ではなく、新任薬師として接することになったのだ。

 道中、これといったトラブルもなく国境を越えレンフェル率いる王立騎士第五師団の砦が建つアルダリーの街へと到着した。


 ここはウォリン王国との国境からもほど近い。

 そして魔物つまりは魔法の力を有する獣たちが多数生息するどの国にも属さない不可侵領域とも隣接している。


 この不可侵領域は人ではない生き物たちが多く住みつく山岳地帯の総称で、国際協議の上でどの人間の国にも属さないと取り決められた空白地帯である。

 人間が住まう領域に魔物たちが入り込まないように結界を張り、境界線上に騎士団を配置している。


 今回レンフェルたちがウォリン王国へ遠征したのは、かの国が接する不可侵領域との境界線付近での魔物討伐のためであった。


「おかえりなさいませ、レンフェル団長」

 留守を預けていた者たちから笑顔で出迎えられ破顔する。皆変わりはないようだ。


「やはり我が家はいいなあ」

「レンフェル様もすっかりこの土地に慣れましたね」

「赴任してきて四年だったか……。月日が経つのは早いな」

「団長、まずは休息を取られますか?」

「いや、その前に紹介したい人間がいる」


 レンフェルは馬車へ視線を向けた。

 ちょうどリセラが中から現れ、出迎えた男たち一同驚きに目を見張らせる。

 まあ、こういう反応だわな、と内心苦笑しつつレンフェルはリセラに手を差し出した。


 その手を借りてリセラがぴょんと地面に着地をする。


「向こうでロージエの後任薬師をスカウトしてきた」

「リセラ・ダンヴァースと言います。前任者に負けず劣らないよう精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします」


 背筋を伸ばし最後に礼をしたリセラを集まって来た団員たちは呆然と見つめたまま。


「返事は?」

「はい!」


 レンフェルが促すと、我に返った団員たちが一斉に返事をした。


「リセラは良家のお嬢さんだ。おまえたち、彼女の前でデリカシーに欠けたようなことを絶対に言うなよ」

「はいっ」

「俺の母や姉たちに接するのと同じ態度で臨め」

「はいっ」


 寸分の乱れなく発せられた返事のあと、小さな声で「それって王妃様や王女様と同じ扱いってことですか……?」というリセラの恐縮しきりな呟きが聞こえてきたが無視をする。


 男どもへの忠告は大袈裟なくらいがちょうどいい。

 以上を以て解散としたレンフェルはリセラを部屋に案内することにした。


 道中、彼女の処遇をパトリックとも相談したのだが、元公爵令嬢ということもあり、それなりの配慮は必要だという意見でまとまった。

 この第五師団はレンフェルの事情もあって男性の配属率が高い。特に若い女性が少ないのだ。リセラにとっては少々酷な職場になるかもしれないとパトリックの指摘で気がついた。


 騎士が寝泊まりをする寄宿舎は当然ほぼ男だし、数少ない女性騎士団員は街中に下宿している者もいるが、真相のお嬢様にいきなり下宿はハードルが高すぎる。

 というわけでしばらくの間、レンフェルたちが住まう城館の空き部屋を提供しようということになった。


 城館は砦の内部に建てられており、歴代の団長の住まいだ。現在はレンフェルとパトリックと他幾人かの幹部が寝泊まりをしている。使用人も複数いるため、不自由のない生活が送れるだろう。

 歩きながら砦を案内し、城館に入り使用人たちにもリセラを紹介した。


「しばらくはこの部屋を使ってくれ」

「客間……ですよね。いいのでしょうか」

「部屋数は余っているし構わない」

「わたしも団員の皆さんと同じ扱いで大丈夫ですよ」

「まあまあ、今はレンフェル様の好意に甘えてください」


 レンフェルが口を開く前にパトリックが言った。

 道中で彼女の遠慮ぐせは彼も知るところだ。


「それにリセラ嬢は男たちの生活実態を知らなすぎるのです」

「はあ……」

 リセラが生返事をする。


「寄宿舎は酷いものです。掃除は嫌いだし煩いし洗濯物は溜め込むし。ところかまわず猥談ばかり……、女性の生活する場所ではありません」

「それは言いすぎなような」

「真実です」


 パトリックがきっぱり言った。レンフェルも内心同意する。あんなところにうら若き女性を置いておけない。狼の中に兎を放り込むようなものである。


「今後の住まいについては、こちらでの生活に慣れたあたりで改めて考えましょう」

「はい」

「よろしい」


 レンフェルとパトリックは彼女を客間に残し、それぞれの部屋に戻ることにした。

 留守中に溜まった手紙やら書類やらにざっと目を通しているとあっという間に日が暮れた。


 呼びに来た従卒について食堂に向かう。

 帰還祝いか、食卓にはごちそうが並べられている。男所帯のごちそうといえば肉一択だ。


 肉のグリルに肉を煮たもの。前菜も肉のテリーヌだ。寄宿舎でも同じメニューが出されている頃合いだ。どうも料理番は騎士どもには肉を出しておけば間違いはないと考えている節がある。

 よし、明日からは野菜もメニューに多く取り入れるように言っておこう。


「メニューまで指定しておかないと芋のオーブン焼きを野菜料理ですってどや顔で言われるまでがセットですよ」

 人の心を読んだかのようにパトリックが言った。


「心に刻んでおく」

「いえ、俺が言っておきます」


 ともあれ食事だ。

 道中同じ釜の飯を食ったからか、リセラもずいぶんとレンフェルたちに慣れてくれた。


「そうだ、明日からはわたしのことはリセラと普通に呼んでください」

「そうですね。これからは同じ騎士団員ですからね」

「リセラ嬢はなしですよ」


 パトリックに向けてリセラが大真面目に釘を刺す。

 人生ががらりと変わってしまったにもかかわらずリセラは前を向き歩き出そうとしている。自棄になっていなければいいのだが。つい彼女の心配をしてしまうのは、自分自身ではどうしようもない業を生まれながらに背負わされた己の境遇に彼女を重ねているからだろうか。


「では仕事の時はダンヴァース殿で。それ以外ではリセラと呼ぶことにしましょう」

「教授か何かにでもなったように思えます」

「メリハリは必要ですしね。口の悪いレンフェル様だって、式典の時になればそれなりに丁寧な口調になることですし」

「おいこら」

「こんなにも口の悪い王子様がいるとは、リセラもびっくりしたでしょう」

「ええ……そんなことはありませんよ」


 なんて答えたらいいのか。そんな心の声が聞こえるかのようにリセラがしどろもどろになる。


「俺は王子と言っても四番目だからいいんだ。スペアの役目だってとっくに終わっているんだからな」

「ぶっきらぼうな口調ですけれど、レンフェル様はとても親切な御方だと思います」


 媚びへつらうでもなく、普通のトーンで褒めてくるのだからどうすればいいのか。むず痒くなりそうな胸中を宥めるように、素っ気ない態度を取る。


「褒めても何も出ないぞ」

「見返りなど求めていないですよ?」

「いつか絶対に変な壺とか売りつけられるぞ」


 照れ隠しにどうでもいいことが口から出る始末だ。

 アルダリーでの初日の夜は和やかに過ぎていった。

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