第4話

「リセラ!」


 思わず大きな声を出していた。

 声に導かれるように、薄い金髪の娘が顔をこちらへと向ける。


「家を追い出されたと聞いた。見つけることができて良かった」

「レンフェル……殿下?」


 リセラがぱちぱちと瞳を瞬く。暗がりでは気付かなったが、野原に咲く菫と同じ色をしていた。


「ただのレンフェルでいい。とにかく、行く当てがないのならひとまず俺たちと一緒に来てほしい」


 促すと彼女は素直について来た。

 行く当てなどなかったのだろう。帰る途中に部下たちに探しものは見つかった旨を伝言していく。


 そうしてリセラを連れ帰り、応接間へと案内した。


「あ、あの……昨日の今日で色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「リセラ嬢が謝る必要はない。これは俺のお節介だし、部下たちにはきちんと休日手当もつけている」


 あと二日酔いの団員は捜索から外してある、と心の中でつけ加える。


「腹は減っていないか? 何か運ばせよう。料理番に言って甘いものでも作ってもらうか」


 目配せをすれば従卒がパッと伝令に走る。

 リセラは恐縮そうに応接間で縮こまっている。


「公爵家を追い出されてどうするつもりだったんだ。できればすぐにでも頼ってほしかったところだが」

「……すみません」


 さきほどから恐縮させてばかりだ。


(おそらく、知り合ったばかりの俺に頼るのは筋違いとでも考えたんだろうなあ……)


 短いつき合いの中で彼女の生真面目な性格が掴めてきた。


「改めて申し込む。俺たちの薬師として、ハークウェルム王国へ来てほしい」

「い、いいのでしょうか」

「もちろん」


 レンフェルは笑顔で頷いた。

 リセラはまだ迷うかのように視線を彷徨わせる。隣国とはいえ異国への移住を決めるのは覚悟がいるものだ。


「仕事を実際にしてみて性に合わないというのなら辞めてもらって構わないし、その時はきちんと紹介状も書く。人生をやり直すにはいい機会だと思う」

「そのような過分なご親切……本当に、わたしでいいのでしょうか」

「ああ」


 レンフェルはくつくつと笑った。恐縮するにもほどがあるだろう。むしろリセラの方から「こんな職場無理」と思われないかが不安だ。王都とは違い田舎町での仕事になるのだから。


 押し問答のさなか、従卒が戻ってきた。

 クッキーとお茶のセットを置いて部屋から出ていく。

 彼女のお腹がぐぅっと鳴った。

 リセラが顔を真っ赤にする。


 レンフェルは聞こえていませんという顔に徹した。姉二人がいるため女性の機嫌を損ねるとあとが大変面倒であることを嫌というほど知っている。姉に加えて母もか。


(リセラを見ていると俺の周りの女性がいかに強烈だったか身に染みる……)


「い、いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


 クッキーを食べるリセラは小動物を彷彿とさせた。なんだろう、いつまででも眺めていられそうだ。


 ついじっと見つめてしまいレンフェルは慌てて明後日の方向へ視線を向ける。

 自分の前にも出されたカップに口をつけ「レンフェル様も食べてください」とリセラに促され、クッキーを一枚摘まむ。


「あの……、薬師の件、お引き受けさせてください」

 人心地がついたのだろう、リセラがゆっくりと頭を下げた。


「ようこそ、第五師団へ」


 レンフェルは両手を広げて歓迎を意を示した。


 その後リセラのために部屋を用意し、館に仕える下働きに彼女の身の回りの世話を頼む。生活をするにも身の回りの品々が必要だろう。必要なものを買い足すように硬貨を渡そうとすれば、再び謝りそうな気配がしたため「給料の先払いだ」と言って制した。


 その言葉で彼女が納得したため、何となく扱い方が掴めてきた。あとで雇用契約書も書かねばなるまい。このあたりは前任のロージエの雇用契約書が騎士団事務所に保管されているはずだから踏襲すればいいかと算段をつける。


 リセラと別れた途端にパトリックが話しかけてきた。


「まさか婚約破棄されたご令嬢にロージエの後任のスカウトをしていたとは」

「何だよ」

「いえ。会場から消えたなと思っていたら……いつの間にかダンヴァース公爵令嬢と懇意になっておられたので」


「言い方に含みがありすぎるぞ」

「含みしかありませんが」

「俺はあの場で恥をかかされたリセラ嬢のことを純粋に心配しただけだ」


 じろりと睨みつけると、パトリックが「はいはい」とばかりに首肯する。


「色々と心配にもなりますよ。あなた様の呪いが切れるのはあと三年と数か月あるのですから」

「だからそういうのじゃない」

 レンフェルは苦虫を食い潰したような顔になる。


「あと、呪いじゃなくて祝福だ」

「いつもご自分で、あのくそ呪いめ、っておっしゃっているではないですか」

「俺はいいんだよ」


 リセラに声をかけたのは、衆目に晒されながらも彼女が毅然とした態度を貫いたから。


 その後薬師にと誘ったのは、彼女が見せた素顔に――と考えたところでレンフェルは頭を振った。

 とにかく、自分は単に行き場を失った女性を手を差し伸べたかっただけだ。自己満足であることは分かっている。


「とにかく、変なことを考えるなよ」

 レンフェルはもう一度パトリックに念を押した。

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