第3話

 翌日、昨晩の祝勝会で酔いつぶれた団員たちに内心「やれやれ」と苦笑を漏らしながら、レンフェルはまたもや宮殿を訪れていた。


 昨晩の祝勝会には出席していなかった国王は、レンフェルが登場するやすぐに「昨日はせっかくの祝勝会に水を差してすまなかった」と頭を下げてきた。


 討伐隊に参加した騎士たちが気兼ねなく楽しめるようにとの配慮から王太子フィリップに采配を任せたとのことだが、それが裏目に出た形だ。

 フィリップは父がいないことを逆手に取って大勢の前でリセラ・ダンヴァースに婚約破棄を突きつけた。


 公衆の面前で婚約破棄すれば既成事実になるであろうことを見越して。見世物にさせられた公爵家の娘の評判がどうなるかなど分かり切ったものだろうに。


 フィリップとリセラが婚約を結んだのは十代前半の頃だったそうだ。フィリップはリセラよりも一歳年上で、結婚は彼が二十歳になった年にと考えられていたとのこと。

 だが彼は、まだ一人前ではないなどと理由をつけてはリセラとの結婚を延期していた。そうして月日だけが経ち、フィリップは二十三歳、リセラは二十二歳になっていた。


 さすがにそろそろ身を固めろ、リセラ嬢への責任を果たせと父王よりせっつかれたフィリップは、密かに愛を育んでいたリセラの妹スザンネとの仲を公にすべく昨日の宴を利用したというわけだ。


 改めて胸をムカムカしてきた。


「こたびの魔物討伐は貴国の助力があってこその成果だったというのに。殿下への謝意の言葉もなく……あのような……」

「昨日の件については貸しにしておきますよ。そう高いものを要求するつもりはありませんのでご安心を」


 国力でいえばハークウェルム王国の方が上である。我が国がウォリン王国に手を貸したのは、父王なりの考えがあってのことだろう。

 単に国力を見せつけたかったかもしれないが、現場レベルでいえば、ウォリン側が退治できなかった魔物たちがハークウェルム側へ流れてきても困るというもの。将来の不安要素を取り払ったまでである。


「それよりも、ダンヴァース公爵令嬢の心の傷の方が気がかりです」


「そ、そうだな……。私も寝耳に水で今朝さっそくフィリップに事情を尋ねたのだが、同じダンヴァース公爵家から王妃を娶ることになるのだから問題ないではないかとの一点張りで……。そういうことではないのだというのがあやつには響いていないというか……」


 国王の言い訳じみた台詞に呆れかえった。出てくる言葉が全部息子への嘆きではないか。

 ちょっとはリセラを気遣え。つい口悪い突っ込みが喉元まで出かかった。


 結局大した情報は得られぬままレンフェルは国王との会見をあとにした。

 宮殿内を歩いていると、高い女の声が聞こえてきた。


「フィリップ様~」


 思わず顔を向けてしまう。庭園を降り少し歩いたところに一組の男女がいた。薔薇色の髪の少女には見覚えがある。昨日フィリップが肩を抱いていた娘だ。


「スザンネ、もうすぐきみが僕の婚約者に内定するよ。ダンヴァース公爵も賛成してくれているから父上もすぐに頷くさ」

「わあ、嬉しい! お父様もお義姉様の所業には頭に来ていたみたいで、昨日の夜勘当を言いつけたの。これでわたしの憂いもなくなってスッキリ~」


 スザンネと呼ばれた娘の声はレンフェルの耳にもよく届いた。それほどまでに大きな声だったからだ。姉が勘当されたことをあそこまで嬉しそうに告げる妹に嫌なものを感じる。


(勘当? 行く当てなんてあるのか?)


 公爵家の娘が勘当などされて市井で生きていけるのか。否、だろう。

 貴族の家に生まれた娘は世間から隔離され蝶よ花よと育てられる。王宮魔術師団に所属していたのなら、普通の貴族の娘よりも世間に慣れてはいるのだろうが、それでも何の後ろ盾もない娘にできることなど限られる。


(家の借り方とか絶対に知らないだろう)


 貴族の娘に生活能力を期待する方が無理というもの。むしろ騎士団を預かっているレンフェルの方が家の借り方から金勘定まで長けている気がする。


「パトリック、次に向かう先が決まったぞ」


 つき従う部下に声をかけたレンフェルは宮殿の玄関口へと向かった。

 幸いにもレンフェルが使用していた馬車の御者はダンヴァース公爵邸を知っており、大きな邸宅が立ち並ぶ街区へ馬車を走らせた。


 しかし、だ。突然部外者が尋ねてきたら不審者として見られることは必死。馬車を離れた場所に置き、気配を隠し裏手へ回ったところで使用人たちの噂話を拾うことに成功する。


「まさかリセラお嬢様が追い出されるだなんてねえ」

「王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたのだろう?」

「こう言ってはなんだが、旦那様はリセラお嬢様のことを毛嫌いされていたからなあ……。ほら、あの件もあって」

「あの件?」

「ああ、若いおまえたちは知らないのか――」

「おまえたち! いつまで油を売っているんだい!」


 女の大きなが鳴り声と共にバタバタと足音が散っていく。

 会話から察するにすでにリセラは家から去ったあとだろう。


「家を追い出された貴族の娘が行くところ……どこだと思う?」

「男ならやけ酒でも飲むかと、酒場に行きそうな気もしますが」

「相手は深層の令嬢だぞ」


 まずは住むところを探すか、もしくは仕事を求めるかのどちらかだろうか。


「王都の大通りの方へ行ってみるか」


 パトリックと二人では埒が明かないと判断し、騎士たちを動員し捜索に当たることにした。人海戦術である。


 魔法の腕に覚えがあれば、市井で魔法店や魔法薬店を営んだり、大店に就職したりする方法もある。あとは都度依頼を受ける流れの魔法使いという選択もありだ。

 魔法使い組合に行けば仕事の斡旋をしてもらえるはずだ。もしもリセラがこのあたりのことに気が回れば見つけられるかもしれない。


 レンフェルははやる気持ちを抑えて王都にある魔法使い組合へと向かった。一か所目は空振りで、二か所目にもいなかった。

 立ち止まればその分だけリセラを見つけられなくなる。街中は彼女が思うほど善意で溢れているわけではないのだ。


 焦燥を胸に抱えながら走り回っていると、前方に広場が見えてきた。中央に像が建てられ、その下は段になり休憩がてら腰かける者たちがいる。


 その中の一人に、見覚えのある娘の姿があった。

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