春斗、無双の少女と出会う(2)

「面白れぇ」


 明らかに今まで余裕を失っていたネオスの顔に、笑みが戻ってくる。


「どんだけ自信があるか知らねぇが……『三十六騎』ネオス様の力、見せてやるよ。おい、店員!」


 近くを通ろうとしていた眼鏡の店員がビクッ!と文字通り跳ね上がる。


「は、はい」


「今すぐ二台筐体空けろ。店内対戦モード、一本勝負。時間は無制限、どっちかがくたばるまで」


「えっと、でも今順番待ちの……」


「順番待ちなんてキャンセルすりゃいいだろ!いいからさっさと空けろ!」


「は、はい!!!!!!」


 怒鳴り散らすネオスに、店員が慌ててターミナルに走っていく。店員権限で順番待ちを取り消し、店内対戦モードに切り替えるのだろう。


 一方、不敵な笑みを浮かべたままの少女。


「おい、お前プレイヤー名は」


「プレイヤー名?そんなの無いわ。今日初めて遊ぶのだから」


「……なんて?」


 思わず呟いてしまった春斗は、慌てて自分の口を塞ぐ。


 とは言えその回答は春斗のみならず、当事者であるネオスですら凍り付かせるものだった。


「お前……舐めてんのか」


 絞りだしたネオスの声は、怒りか、それとも呆れか。


「うるさいわね」と軽く返した少女の視線が、春斗と合う。


「そこの、男の子」


「……俺ですか?」


 目が合ったな、とは思ったが、まさか声を掛けられるとは思っていなかった。


 慌てて目を逸らす、立ち去ろうとする……脳がリアクションの悉くを中途半端に実行した為、挙動不審になってしまった春斗に、女の子は近づいてくる。


「そう、あんた。悪いけど……なんだっけ、あのゲーム、ロボットの模型で遊ぶんでしょ?それ、貸してくれない?」


「え、あの……『ギアナイト』ですか?」


「そうそれ。私初めて遊ぶからそれ、持ってなくて。……ちょうどいいわ」


 ちょうどいいわ、は目の前の春斗では無く、彼女の後ろで立っているネオスに投げかけられたもの。「操作方法もわかんないから、一人セコンド付けさせて。別にいいでしょ」


「……このアマ、徹底的に人を馬鹿にしやがって」


「大丈夫みたい。遊び方教えて」


「大丈夫なんですか、アレ……」


 怒髪天を突きそうな勢いのネオスに対して、少女はどこまでも飄々としている。


「準備、できました!」


 向こうから物凄い勢いで走ってきた店員の一言で、勝負は始まった。






「あの、本気で勝つつもりですか」


「何?何か問題でもあるの?」


 バトルフロントの筐体にはドアが付いている。ドアを開いた春斗は、少女と一緒に『バトルポッド』と呼ばれる筐体の中に入りながら尋ねた。


「いや、あの人『三十六騎』って言うこのゲームの中でもランカークラスに強い人で……」


「そんなの知らないわ。勝負なんか、やってみないと分からないでしょ。んでこれ、どうするの」


 球体の筐体の中は全面モニターになっていて、中央に小さなタッチパネル式のモニタが取り付けられたコンソールとヘッドセットが置かれてある。


 そのヘッドセットを手に取って春斗に尋ねた少女に、春斗は一つ嘆息した。


「何」


「いや……本当に無謀な勝負に挑む人だな、と思って」


 呟く春斗に、少女は言った。


「無謀かどうか知らないけど。やるなら勝つだけ、そうでしょ」


「……」


 言い切った少女に、春斗は返す言葉が無い。そこまで何かを自分は言い切れる事があっただろうか。そんな事をふと思ってしまうほど、彼女の言葉は鋭く。


 春斗は少女に自分の『ギアナイト』、『ヴァイオレット』を渡す。


「なんかアニメで見るロボットみたいね」


「みたい、と言うか、ロボットのフィギュアなんだけどね…」


 所謂アニメに出てくる『人型の戦闘ロボット』のような見た目をしたフィギュア。それが『ギアナイト』と呼ばれるものである。


「このギアナイト、っていうフィギュアをセットすると、データがゲームの中に転送される。それを、」


 その名の通り、紫色に塗装された重装甲のロボットをコンソールのスキャナーにセットする。


「ヘッドセットを被るとゲーム画面が見える。操作方法は簡単、ギアナイトの可動箇所は全て実際に君の手足を動かす事で動く」


「ふーん……ハイテクなのね」


「武装の選択はヘッドセットが脳波で拾う。使いたい武器を思い浮かべるだけでいい」


「武器って言うけど。このギアナイト……とか言ったっけ。武器は何があるの?」


 そうか、と春斗は思う。ギアナイトのカスタマイズをするのもこのゲームの楽しみの一つだ。武器を知らない、なんて事、考えた事も無かったな……と思う。


「両足にミサイルポッド。左手にガトリングガン。右腕にハンマー。武装の照準補佐なんかはゲーム側が行ってくれる。深く考えなくても大丈夫。後、ヴァイオレットは重装甲だから多少のダメージでも平気だよ」


「ん。なるほど、ありがと」


 さして興味の無さそうな顔で礼を言う少女。二の句が継げずどうしたものか、と思っていると。


『おい。ボイスチャット、オンにしとけ』


「……なにこれ」


筐体内に響いたネオスの声に、少女が露骨に不機嫌そうな顔をする。「気が散るんだけど」


「こうやってボイスチャットが出来るゲームだからね、仕方ない……。こっちも回線、開いとくよ」


 喋れば相手に届くはずだから、と言い残し、説明する事は説明しきったので春斗はバトルポッドを出ようとする。


「あ、あのさ」


 そんな春斗に、少女は声を掛けた。


「私、普段ぶっきらぼうだから伝わんないかもだけど。『ありがと』って言葉、一応マジだからね」


 少女はそれだけ言うと、ヘッドセットを被る。


 春斗は何も言わず、ポッドから出た。






『三十六騎』。


 それは、バトルフロントプレイヤーの中でも上位に位置し、自分で二つ名を名乗る事を許されたランク帯。


 ギアナイト、ビーストシリーズ『レパード』。その改造モデルを操る『豹のネオス』。


「クソガキ。約束、忘れてねぇだろうな」


『こっちのセリフ。さっさと始めましょ。あんたの声、不快なの』


 スピーカー越しに聞こえる声に唾を吐き捨て、「つくづく不快なガキだぜ!」と怒鳴り散らしたネオスのヘッドセットに、映像が映る。


 架空の戦艦を模したカタパルト。その下には砂漠。


『Get Ready……』


「サーベルレパード、豹のネオス!ぶち殺してやるぜ!!!!」


 コールと共にカタパルトから勢いよくはじき出されたネオスの『サーベルレパード』は、砂漠に向けて降下した。

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