擬人化症候群

亜未田久志

第1話 微睡みの御猫


 世界を擬人化症候群が襲って早一年。こいつとの暮らしにも慣れてきた。

「ほらココア、起きて」

 パジャマを来て眠るの生えたピンク髪に褐色の少女を揺さぶる。その子は大きく欠伸をすると目じりに大粒の涙を浮かべながらも目を覚ました。

「むう、なんだいご主人、今、ココアはとても良い夢を見ていたんだよ」

 なんとも不機嫌そうな彼女。

「そりゃ悪かったね。でも朝ごはんの時間だ」

「ご主人の男飯より夢の魚のが美味しそうだったなぁ」

 こいつと暮らして(擬人化前含め)三年になるが、なかなかどうしてこいつの機嫌を取るのは難しい。

 擬人化してからはまだ29になったばかりの自分に大きな思春期の娘が出来た気分になった。

 ココアは不承不承と言った感じで俺の作った焼き魚定食を喰らう。

「ご主人、焦げが多い」

「ごめんて」

「そんなんじゃ嫁の貰い手がいない」

「出来ればお嫁さんは貰いたいかな」

 と言っても今までの彼女も皆「つまらない人」なんて俺の事を指してフッていったっけ。

 面白みに欠ける自覚はあるが。

 閑話休題。

「ご主人、今日は仕事休みだったはずだよね」

「ん? ああ、家でゴロゴロ……」

「どっか行こう」

 目がキラキラと輝いていた。

 こうなったココアは出かけるまで駄々をこね続けるだろう。俺は深く溜め息を吐くと。

「んじゃあ、何処へ行きたい?」

「レイクタウン!」

 擬人化してからというもの、この御猫様はファッションに目覚めてしまった。おかげでうちの財政はほぼココアの服飾に消えている。

 まあ、服選びも最近楽しいと思っているのだが。

「はいよ、じゃあ車出すから」

「わーい」

 こういうところは素直なのになあと思いつつ。車の鍵を引き出しから取り出す。


 🚙


 車内ではラジオを流している最近のヒットナンバーがかわるがわるかかっている。

「ご主人、新しいスカートが出たらしい。擬人化猫用のやつ」

「まあアウトレットにあったらね」

「新作と言っている」

「はぁ、わかったわかった。あったら買ってあげる」

「やたっ。ココアは事前準備確認済み」

 抜かりの無い猫様だ。最近はネットも使いこなしている。

 末恐ろしいとはこの事だ。

 レイクタウンにたどり着く。

 立ち並ぶ店たち。擬人化ペットを連れている人間も少なくない。

 専門店も出来始めたくらいだ。

「で? ご所望の品はどこ?」

「む……ご主人、いじわる。ココアが地図読めないの知ってるくせに」

「だって俺はその店知らないのだもの」

 しばし二人でにらみ合っていると。

 ふと俺らの隣を一組の女性たちが通りすぎた。

 片方は黒髪ロングにワンピースの清楚な感じ。

 もう片方が――ピンク髪に褐色肌。おそらく元はココアと同じ品種の猫であっただろう擬人化症候群の子。

 するとココアが。

「おねぇちゃん?」

 と言い。

 その声に女性たちが振り返ると今度は飼い主であろう女性の方が俺を見て。

「敬一くん?」

 と言った。

 そして思い出す。

 彼女は幼馴染の理子ちゃんだ。

「わぁ、久しぶりだね」

「うん、久しぶり……でもびっくりした。理子ちゃんも擬人化猫飼ってたの? しかも同じ品種だなんて」

「何言ってるの? もしかして忘れちゃった? 三年前里親募集の時にも会ったでしょ?」

「あ……」

 ちょうど彼女にフラれ傷心気味だった俺は里親募集の張り紙を見て心の隙間を埋めるために猫を飼う事にした。そしてその猫のところに向かうと理子ちゃんと再会したのだ。しかしその頃は人間不信というかなんというかで。いまいち何を話したか覚えていない。ただ姉妹だという猫をそれぞれ引き取ったのは覚えている。

「そっか。じゃあ本当にココアのお姉さんなんだ」

「うん、そうだよー嬉しいな擬人化症候群が起きてからは会ってないから。会わせたかったんだよ。姉妹だしさ。でも敬一くんの連絡先知らないし」

「あはは、一人暮らし始めたから、でも実家に聞けば分かったんじゃない?」

「あ、その手があったか」

 意外とドジというかなんというか、まあ分かりやすい手段ほど忘れがちなものだ。

 俺達がこんなやり取りをしている間、猫たちは猫語で会話をしていた。

「にゃーにゃーにゃー?」

「にゃー! にゃにゃにゃ! にゃー!!」

「にゃー♪」

 てな具合に。

 そんなこんなで理子ちゃんの案内でココアご所望の店へ辿り着いた。

「で? どのスカート?」

「フレアスカート? ってやつ!」

「あれだね。取って来るよ」

「あ、理子ちゃん、行っちゃった」

「理子様はああいうお方なのです」

 うちのココアと違い、理子ちゃん家の猫は賢そうだった。

「君、名前は?」

「シュガーです」

「シュガーおねぇちゃんすごいんだよ!」

 なんて言い合いながら歓談は続いて行く。

 久々に幼馴染と会い、ココアは姉と再会し。

 良い休日になったんじゃないだろうか?

「ココア」

「ん? なんだご主人」

「人になれてよかったか?」

 彼女は小首を傾げたあと頷いた。

「うん!」

 買ったフレアスカートを翻しココアが笑った。

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