第2話 お客様の帰ったあと


 佐藤氏を見送った丹波さんは、肩をすくめると上に向かって声をかけた。


「あー、お客様がお帰りになられたでござる」

「えー! もうですか!? せっかく、天井裏もきれいにしたし、密書風にした契約書も置いておいたんですよ! なんでご案内しないんですか!」


 文句を言いながら降りて来たのは、忍者装束の少女だ。

 マンガのくのいちのようなセクシータイプではなく、ちゃんと全身を覆う濃茶の装束。流石に覆面はつけていないが。


「そもそも首領のコンセプトが間違っていると思うのですが」

「ちゃんと、ござるって言ってください。あと、カタカナ語はスムーズに言わずに、カタコト風で」

「そもそも首領の『こんせぷと』が間違っていると思うでござる」


 律儀に言い直す丹波さん。


「ぶっちゃけ、不評でござった。あの柱とか」

「あれは、侵入者が一人ずつしか通れないようにして迎撃を容易に……」

「住人も通りにくいだけでござる」


 首領と呼ばれた少女はぐっと言葉に詰まる。


「床下収納も小さすぎでござるし」

「忍刀にはジャストサイズよ!」


 刀隠し、と呼ばれる仕掛けである。現代人が刀を持っているか、持っていたとしてそんなところに隠すかはともかく。


「忍び窓は紙が無いと開けられないのが、ご不満の様子」

「包丁とかでも開けられるようにすべき?」

「そういう問題じゃないでござる」


 大きくため息をつく丹波さん。しかし、まだダメ出しは続ける。


「隠し階段も、顔をしかめておいでで」

「そんな! 隠し階段にときめかない人がいるなんて!」

「どんでん返しはベッドが置けない、縄バシゴも使う気がないとスッパリ」

「そんな、小学生男子なら意味も無く百回ぐらい上り下りするのに!」

「お客様は小学生男子ではないでござるし」



「あと、菱の実を落としていたでござる」

「え、うそ! ちゃんと掃除したのに。 あんたのじゃないの?」

「拙者、忍び道具は持ち歩いていません故」


 きっぱりと首を振る丹波さんに首領が詰め寄る。


「ちょっと、ちゃんと携帯しなさいって渡したでしょ?」

「職質で捕まりたくないでござる。菱の実はまだともかく、苦無とか完全アウトでござるし」

「あー、またカタカナ語言ったー!」

「それを言うなら、首領もさっきから『スムーズ』とか『ジャストサイズ』とか言ってるでござる」

「言ってないもん!」


 言ってる言ってる。

 しかし、意地を張った首領に言い聞かせることなどできないと丹波さんも承知しているので、そこは放置してまとめに入る。


「忍者屋敷風で売るなら、それを前面に押し出していく方がまだ物好きを捕まえられる可能性が出るでござる。首領がその格好で内見ご案内する方がウケも良いでござろう」

「でも、それじゃ忍んでないじゃない! せめてお客が『もしかして、忍者屋敷なんですか?』って言ってからのネタバラシじゃないと!」

「だ~か~ら~、忍ぶなと言ってるでござる!」


 なお、モモチホームは同業者からは

「お客が『個性的な家が~~』って言いだした時に一回行かせるのにはちょうどいい」

 と評判である。

 そんなことは知らない二人は、もうしばらく売れない家の内見案内を続けるのであった。


 めでたしめでたし(?)

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モモチホームへいらっしゃい ただのネコ @zeroyancat

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