モモチホームへいらっしゃい

ただのネコ

第1話 個性的な家を求めて

 どうせ家を買うなら、個性的な家に住みたい。

 佐藤なんて平々凡々な苗字に生まれ付いた反動かもしれないが、私はずっとそう思っていた。


 それを不動産屋に力説した結果、ある住宅会社の建てた家の内見を勧められた。

 アポイントも取り付けてくれたので、早速来てみたのだが……見た目はごく普通の一軒家だ。

 その玄関の前に、これまたごく普通のスーツの男性が立っていた。


「佐藤様でいらっしゃいますか?」

「あ、はい」

「わたくし、本日のご内見を案内させていただきます、モモチホームの丹波と申します」


 差し出された名刺は毛筆っぽい字体で印刷されており、ちょっと期待が持てる。丹波さん自身は中肉中背でこれといった特徴が無いけれど。


「では、早速ですが中の方ご案内させていただきます。こちらのスリッパ、お使いください」


 ドアをくぐれば、当然玄関。言われた通りにスリッパに履き替えるのだけど、既に気になる所があった。

 柱だ。


「あ。お気づきになりましたか? こちら、スギの一本柱を採用しております。専門家が選び出した、自然な木の風合いを生かした逸品です」

「確かに雰囲気は良いんですけど……ちょっと狭くないですか?」


 柱は廊下に結構せり出していて、その割に廊下は普通程度の幅しかない。つまり、柱のところだけ廊下の幅が結構狭くなっている。


「洗濯機とか通るかなぁ……。ちょっと測らせてくださいね」

「ええ、どうぞ」


 60センチあったので、全く通れないということはなさそうだけれど。

 冷蔵庫のサイズをメモし忘れていたから、帰ったら測っておかないと。


 風呂場や洗濯機置き場は特に問題なし。

 渡された間取り図にチェックをつけながら、リビングに歩いていく。


「リビングには床下収納があるって書いてあるんですけど」

「ええ、こちらです」


 丹波さんがすっと床の一角を踏むと、床板が音もなく跳ね上がり、その下の収納が見える。

 すごい、そこが収納だなんて全然分からなかった。でも……


「収納、小さくないですか?」

「いや、まあ、そこは色々と使い方を工夫していただいて」

「工夫って言われても。長さは1メートルぐらいあるからいいですけど、横幅10センチぐらいしかないし、深さもあんまりないし……何を入れればいいやら」


 長さはもう少し短くてもいいから、幅と深さを増やしてほしいなぁ。

 でも、床下収納のリフォームは難しそうな気がする。


「キッチンの窓は、はめ殺しですか?」

「いえ、こちらはこのように紙などを隙間に差し込みますと」


 丹波さんは名刺を取り出して、窓と窓枠の隙間に差し込む。

 カタンと軽い音がして、窓が開いた。


「ロックが外れて開けられます。いざという時には人が通れるぐらい広く開きますよ」

「うーん、でも隙間があるって事は隙間風とかありますよね。それに開閉にわざわざ紙がいるんですか?」

「よろしければ、私の名刺を置いておきますが」

「いえ、いいです」


 普通の鍵をつけておけばいいだけだと思うんだけど……

 そんなこんなで、1階は終了。

 さて2階に、と思ったが階段が見当たらない。2階のの間取り図にはちゃんと階段が書いてあるけど、1階には無い。


「あれ、2階にはどう行けば?」

「ああ、それはこちらです」

 リビングの端、床の間風のディスプレイスペースに行く丹波さん。

 そこに置かれていた棒を天井の金具にひっかけ、回して引くと階段が下りて来た。


「これしかないんですか?」

「はい、2階に上がる階段は、ここだけです。階段を収納式にすることでリビングのスペースを最大限にとり、広い空間を……」


 丹波さんの宣伝は聞き流す。

 なんとも妙な造り。階段も収納できるようにしてあるせいで傾斜がきつくてちょっと上りにくそうだ。というか、ディスプレイスペースに何も飾れなくない?


 2階に上がると廊下になっており、扉が二つ。

 その一つを開け、丹波さんは中を示す。

 6畳ぐらいの、狭すぎないけど広くも無い部屋だ。


「こちらは、個室として使えるようになっております。寝室にするなり、趣味の部屋にするなり」

「間取り図だと、そこの壁のところに扉があることになってるんですけど」

「ええハイ、この通り」


 丹波さんが壁に手をかけると、壁がグルんと回って向こう側の廊下が見えた。回転扉になっているらしい。


「この開き方だと、ベッドを置くスペースが難しいなぁ」


 入る扉と出る扉の両方に当たらない場所と考えると、意外と難しい。ベッドは大きめのを置きたいのだけれど。


「というか、この向こうの廊下はどこに繋がるんです?」

「こちらに屋上に上がる階段がありまして」


 廊下に出てみると、確かに階段が――今度は普通のがある。


「なんで、階段を一か所にまとめないんです?」

「いえいえ、こちらから降りることも出来ますよ」


 そういうと、丹波さんは階段横の床を外し、縄バシゴを下す。

 ……縄バシゴを。

 いやいやいや。家ですよ。アスレチックじゃないんですよ。


「もういいです」

「屋上は物干しも日光浴も出来るようになっておりますが」

「いえ、興味ないんで」


 きびすを返す私に、丹波さんは縄バシゴを示す。


「お帰りになられるなら、こちらの方が早いですよ」

「使う気ないです」


 縄バシゴで降りるよりは、狭い階段の方がマシだ。

 回転扉を押し開けて個室を突っ切ろうとしたところで、何かを踏んづけた。


「痛っ」


 踏んだものを拾い上げると、何かの木の実のようだ。


「掃除ぐらい、ちゃんとしておいた方が良いと思いますよ」


 そう捨て台詞を残して、丹波さんを残して家を出る。

 間取り図も、玄関の靴箱の上に放っておいた。


 個性的な家って別にいいもんじゃないな。

 長く住むことになるんだから、普通であっても住むのに便利な方がずっと良い。

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