第4話 疑惑の香り
しばらくして学校から連絡を受け、とりあえず先生達に協力していただきながら、6年生のクラス委員は牧さんと栗原さん不在のまま進めていくことになった。
先生の話によると、牧さんと栗原さんの子供達はどちらも休まず学校に通っているらしい。変わらず仲良くサッカー部で汗を流しているのであれば、ひとまず子供達に不倫のことは伝わっていないのだろう。
私は月に一度の病院の帰り、スマホへのメールの着信に気がついた。久しぶりの牧さんからの連絡。はやる気持ちを抑え画面を開く。
─またこないだの喫茶店で会えませんか?
─お久しぶりです。大丈夫ですよ、いつにしましょうか?
こうして2日後の15時にあの喫茶店で約束をした。少し慌てた感じのメールの文章にイヤな予感がよぎった。
そして約束当日、私は買い物ついでに少し早めに喫茶店に到着。現れた牧さんはこないだよりもあきらかに顔色が悪かった。私に気遣い微笑んでくれているが、右手の包帯も気にかかる。
「なかなか連絡できなくてごめんなさいね。実はあれから主人と栗原さんとも直接話しをしたの。自分でもこれからどうしたいのかとかいろいろ考えてしまって」
「そうでしたか。心身ともに疲れちゃいましたね。あまり無理せず話してください」
牧さんはホットコーヒーを注文すると、ゆっくりと話し始めた。
「私どこまで話してたのかしら。いやまだ何も話してはいなかったわよね。最初にこの不倫に気づいたところからお話ししますね」
※牧清美 視点
私が主人の不倫を疑いはじめたのは、なんとなく感じた違和感からだった。私は近くのお店で短時間のパート、主人は公務員で役所勤めをしている。土日はお互い休みなので、決まって家族でお出かけするのが楽しみだった。
月曜日の朝、車の後部座席にタオルを置き忘れていたのを思いだし取りに行ったときのこと。後部座席の足元に見たこともないハンカチが落ちていた。それも僅かだが香水の香りが残っている。私は部屋に戻ると主人にたずねた。
「ねぇあなた。昨日誰か車に乗せたの?」
「いや……あ〜そうだ、そうだ。後輩と昼メシ食べに行ったんだよ久しぶりに。何でそんなこと聞くんだ?」
「わざわざ後部座席に乗せたの?」
「ふたりいたからな。ほらおまえも知ってるだろ!同じ部署の稲田と黒木」
「どっちも男性……よね?女性みたいなハンカチ使うのね。イマドキの男の子って香水でもつけてるの?」
「さぁーどうだったかな。ハンカチは返しておくよ。よしそろそろ仕事だ行ってくるよ」
そう言って私の手からハンカチを掴みとり、荷物を片手に家から飛び出すように車に乗り込んだ。
「そんなに急がなくても、ハンカチくらい洗濯して返してあげればいいのに」
主人の車を見送りながら私はひとり呟いた。でも、どこかで嗅いだことのある香りだけが心にひっかかった。
それから2週間程たったある日。私はいつものように長男のサッカーのお迎えに学校へと急いだ。すでにお迎えに来ていた保護者数名が訝しげな表情でこちらを見ている。
「お疲れさまです。みんなで怖い顔しちゃってどうしたんですか?」
すると見るからに元ヤンママの木下さんが、私に歩み寄ってきた。
「ねぇ牧さん。私達もう我慢できなくて。話したいことがあるんだけどいい?」
「ええ。な、何かあったの?」
いつもおとなしい鈴木さんも珍しく参加し、気がつけば私は4、5人の保護者達に に囲まれていた。
「実はね、何度かお宅のご主人の車の助手席に栗原さんが乗ってるのを見かけたのよ。ふたりで楽しげに話しながら走り去って行かれたんだけど。まさか不倫とかそういうのじゃないわよね?」
「いやねぇ。私達も1度くらいなら、たまたま送りましょうって感じで乗ってるのかと思ったけど。こう何回も目撃されてるとなると、そりゃ心配にもなるわよ。このこと牧さん知ってたの?」
そう木下さんに詰め寄られたが、知ってるはずもない私は俯いたまま首を左右に振った。
「それは、きちんと興信所に頼んで不倫調査をするべきね。中途半端に本人達に聞いたりしたら、証拠を隠滅して知らないふりするんだから」
早見さんはシングルマザー。元旦那の浮気が理由で離婚されているだけあって、その手のことにはとても詳しい。
「興信所って探偵さんみたいなとこでしょ。まさかうちの主人に限ってそんなことないわよ」
みんながうちの家のことを心配しているというのに、私自身は他人事のような感覚で話を聞いていた。
「じゃあどうして、栗原さんを車に乗せたことを奥さんに話さないの?ふたりが仲がいいなんて聞いたことあるの?」
そのとき気になっていたあのハンカチと香水の香りを思い出した。私は突然、築き上げてきた幸せな家庭そのものが崩れていく恐怖に思わず足がすくんだ。
それから私は周りからの半ば強引な勧めもあり、早見さんの紹介で興信所に連絡し主人の不倫調査を依頼することになった。
その後1ヶ月も経たずして興信所から連絡があり、沢山の写真や動画と共に不倫の現実を知ることとなったのだ。
「ほぼ1週間に1度のペースでおふたりはラブホテルに通い、時には昼休みの空いた時間を車の中で仲良く過ごしていらっしゃいましたよ。ご覧になりますか?」
私はコクリと頷き動画をのぞき込む。すると、ふたりがにこやかに談笑しながら身を寄せ、熱いキスをかわす姿がうつしだされた。
「ご主人と栗原さんでお間違いないですよね?」
「これ本物ですか?だってこの日付って次男の誕生日で、ケーキ片手にいつも通り帰ってきたんですよ」
「ええ。わざわざ嘘をお伝えすることはありませんよ、全て事実です。確かにこの日、ご主人は栗原さんとお昼に密会した後再び仕事に戻り、帰りにケーキを購入して家に帰られました。ケーキはパティスリースワンで購入されたものですよね?」
淡々と事実を伝えてくる興信所の人が悪魔の使いにしか見えなかった。
「あの……もっと強力な証拠が必要であれば調査を延長しますがいかがいたしましょうか?離婚後の親権、財産分与や慰謝料に養育費などは弁護士さんにご相談されることをおすすめします」
「あ、いえ待って。もう十分です」
私は不躾に興信所の人が持っていた写真をひったくるように奪い、その場を後にした。
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第4話を読んでいただきありがとうございます。
引き続き明日も15時更新予定です。
文中で、主人公と牧さんの会話の中で視点がわかりづらいところが多く失礼いたしました。
※牧清美 視点 と記入しております。
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