第3話 過去の過ち

※ 牧清美 視点


 私が栗原さんと出会ったのは今から8年程前。長男の通っている保育園に栗原さんところの空くんが転入してきたのがキッカケだった。


 子供達はふたりともサッカーが大好きで、出会ったその日から仲良しになっていた。しかし彼女はあの通り綺麗な容姿で物静かな人。最初は話すキッカケもなく時間が過ぎていった。


 そんなある日私達が急接近する出来事が起こった。保育園から連絡があり、子供達ふたりがケンカをしてお互い怪我をしてしまったというのだ。


 あわててパートを早退させてもらい保育園に急いだ。しかしそんな私の心配をよそに、到着する時にはふたりはすでに仲直り。元気にサッカーボールを追いかけていた。


「急いで来られたんでしょ?うちの空が失礼いたしました」


 栗原さんはニコリと笑顔を浮かべ深々と頭を下げた。


「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。お怪我大丈夫だったんでしょうか?」


「はい。見ての通り、お互い少し膝を擦りむいただけです。痛みだってもう忘れて走り回ってます」


 ふたりを見ながら微笑む栗原さんは、本当に素敵なお母さんだった。それから送迎で会うと他愛ない会話を交わし、気がつけば一番仲のいいママ友になっていた。


 そんな折彼女は過去の恋愛話をしてくれた。彼女は不倫の末、子供を身ごもりシングルマザーで空くんを出産したのだという。


 父親である彼は大きな建設会社の社長。その会社で仕事をしているうちにいつしかふたりは恋に落ちたらしい。恋なんて綺麗な言葉を使ってたけど、もちろん彼は既婚者だったから単なる不倫。


 彼の奥さんには子供はおらず、数年不妊治療も行ったけどうまくいかなかったこともあり子供は諦めていたらしい。


 そんな彼にとって愛人との間と言えど初めての自分の子供。初めは戸惑いながらも喜び、ぜひ産んでほしいと懇願されたのだという。栗原さんは愛した彼を信じ離婚成立を待った。彼との結婚を夢見ていたのだ。


 しかし待てど暮せど、彼は離婚をする気配すらない。待ちきれず問い詰めると、彼は子供を認知し養育費は払うけれど離婚など数ミリも考えていなかったのだ。10年近く夫婦として共にし不妊治療までたえてくれた嫁を、愛人に子供ができたからといって捨てることはできないと彼に告げられたのだと言う。


 彼の本心を知り彼女は深く傷ついた。しかしその時すでに妊娠3ヵ月を過ぎており、彼女はひとりで子供を産むことを決心。彼に別れを告げ、実家のあるこの田舎に戻り出産したらしいのだ。


 この話をした時、栗原さんの目からは涙が溢れていた。過ちを犯した過去の出産とはいえ、彼を愛していたことは事実だったのだと感じたのだ。


 ついでに私達夫妻の出会いは社内結婚。あまり恋愛に免疫のないふたりが気がついたらくっついてたって感じ。なんのドラマもないありふれた結婚。


 私は栗原さんの過去を知ったとき、なんだか羨ましく思えた。平坦な道を真っすぐ歩いてきた私には、栗原さんの人生がとてもドラマチックに見えた。


 まさかこんな結末が待ってるなんて思いもよらなかった。主人と栗原さんが不倫だなんて、正直まだ実感がない。




 牧さんはそう言うとコーヒーをコクリと一口飲んだ。私は無理に話を聞こうとはしなかった。逆にその姿勢が牧さんにとって話しやすかったのかもしれない。時々、店内の窓から外を見るように遠い目をしていた。


「ごめんなさいね、こんなつまらない話を長々と話してしまって」


「いえそんなことないですよ。少しでも心が軽くなるなら何でも話してください。コーヒーおかわりしましょっか」


 すると牧さんは両手で抱えたコーヒーカップの中をのぞき込みながらつぶやいた。


「結婚って一体なんなのかしらね」


 私はその問いに答えることができなかった。静かな沈黙が流れる。


 すると牧さんのスマホにご実家からの着信。


「今は両親に事情を話して、子供を連れて実家にいるのよ。だからあまり帰りが遅いと心配するみたいで。田村さん、もし良かったらまた話を聞いてくれないかしら?ぶしつけなお願いなのはわかってるんだけど」


「はい私でよかったら、またゆっくり話ききますよ」


「恥ずかしながらあまり友達がいなくて、それにこんな話だしね。でも誰にも話さずにいると頭がおかしくなってしまいそうな時があるの」


 私は不思議に思っていたことがあった。それは牧さんがあまりにも冷静に話をする姿だった。どことなく他人の話をしているような。これも人間に備わった防衛本能なのかもしれない。本人もまだ実感がないって言ってたし、不倫の事実を受け入れるって容易なことではないわよね。


 私達はまた会うために連絡先を交換し喫茶店で別れた。どうして私なんかに親身に話してくれたのだろう。でもあまり知らない間柄だからこそ話しやすかったのかもしれない。知らなかった栗原さんの過去。彼女の魅力に憑りつかれる男性は多いのかもしれない。いやそれでも不倫は不倫!許されない。それもよりによってママ友達の旦那さんと不倫なんてありえないっての。


 しかしそれから一週間程、牧さんからの連絡は一切なかったのだ。



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第3話を読んでいただきありがとうございます。


明日も15時更新予定です。


 



 

 


 



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