043. ベガスの本性

「追放した? どういう意味だ?」


 ベガスの言葉に、フィールエルは小首を傾げた。


「そのままの意味だよ。あいつはパーティーの一員でありながら、俺たちに何の貢献もできなかった。そもそも、戦闘でも役に立たないくらい弱いし、みんなの気を引こうと出鱈目なことを言い出すしな」


 ベガスの言いように、今度はフィールエルとネルの二人が顔を見合わせる。


「ユーゴが弱い? 何かの間違いじゃないのか? あいつはとんでもなく強い…というか、デタラメだな。少なくともそこいらの魔獣なんかは、歯牙にも掛けないはずだが」

「そうですね。それに、ユーゴさんが皆さんに何も貢献しなかったというのが、あまりユーゴさんっぽくないというか。露悪的ですし、自分が誰かのためにしたことを誇らない方です。何か誤解があるのでは?」


 聖女二人のフォローを聞いて、リリは自分の推察が正しい事を知った。

 やはり、ユーゴは密かにパーティーを助けてくれていたのだ。


「まぁ、ユーゴがもうここにいないのなら用は無い。戻ろうかネル。」

「そうですね。残念ですが、もうすでにヨウゲン国に向かっているのかもしれません」


 踵を返した二人に、リリが焦った様子で声をかける。


「ま、待ってください。あの…私たちもついていってもいいですか?」

「? ボクは構わないけど…」

「私も特に問題はありません」

「あ、ありがとうございます!」


 聖女たちの答えに、リリは安堵した。このままベガスとギランの二人と共にいるのは、危険な予感がしたからだ。

 というのも、ベガスとギランの態度に不審なところを感じ始めたからだ。

 初めは "勇者" という言葉を信じたが、それにしては、彼の戦闘力は低い。仲間であるギランも五十歩百歩といったところだ。

 冒険者としての能力もそうだ。行き当たりばったりで無鉄砲。そのくせ、トラップなどに対する警戒心が薄い。

 リリが帰還を促さなければ、最悪の場合全滅していた可能性が高い。

 しかし、それらはまだ良い。誰しも初心者で力不足の時期はあるし、自分を大きく見せようとことも、まぁ理解できる。

 だがもっと切実なのは、ベガスたちの距離感が近すぎるということだ。それに実は、ユーゴを追放する前からベガスたちの視線は少し気になっていた。全身を舐めますような、不愉快な視線を。

 地下二階に降りてからは、露骨にボディータッチが多くなった。冒険者同士てになると言う話はよく聞く。しかしリリは、よく知らない相手とそうなるのは嫌だし、もっと直裁的に言えば、ベガスは好みではない。ギランも。

 そんな窮地で聖女たちの登場は、リリにとって渡りに船だった。


 フィールエルとネルが先頭を歩くと言うので、ベガスは先を譲った。二人に続くのはリリとレイアだ。

 ベガスは聖女二人の後ろ姿を見ながら、舌舐めずりをした。

 明らかに冒険初心者であるリリとレイアを見たとき、カモだと思った。二人を自分のパーティーに引き込んでどこかのダンジョンで手篭めにし、ギランと二人で楽しんだ後は人買いに売るつもりだったのだが、ダンジョンは予想に反して難易度が高く、リリたちに手を出すチャンスがなく苛立っていたところだった。

 しかし、その代わりに、聖女2人と知り合うという大きなチャンスが訪れた。

 聖女はとてつもない上玉だ。二人とも。

 ネルは肉付きは薄いが、清楚な雰囲気で上品な顔立ち。

 フィールは細身でありながら、出るところは出ている。こちらは "可愛い" から "美しい" へ変わる途中の、刹那的な美しさがある。

 こいつらも手籠めにして売るか?

 美しく、しかも聖女という貴重な存在だ。

 いやいや、聖女に取り入ってうまい汁を吸うのも悪くない……。

 ベガスが良からぬ算段をしていると、ギランの足元で何か小さな音がした。


「ん? 何か踏んだか?」


 すると前方の左右の壁から、モンスターがわらわらと出現したのだ。

 この莫迦、トラップを踏み上がってと───自分のことを棚に上げ、ベガスが剣を構えた時。


「またか。仕方ない、一気に片付けるか……」


 フィールエルが嘆息した。

 途端、彼女の背中から、翼の生えた光り輝く人形の何かが現れた。

 フィールエルが手を前方に突き出すと、彼女の周りにいくつもの神聖力の塊が現れた。青、赤、白。彩り豊かな光は、同時にそれだけの属性を展開している証拠だ。

 そのまま神聖術は矢よりも早く前方のモンスターへ浴びせられた。さらにしぶとく生き残っている個体は輝く有翼人───天使が翼から撃ち出した光の羽根で片付けた。


「無詠唱で神聖術を…信じられない」

「しかも同時に十個以上。二重でも同時詠唱は困難と聞くわよ」

「あれってまさか……天使じゃねぇのか⁉︎」

「……」


 四人は目を剥いて驚いた。ベガスに至っては、顎が外れそうなほど口を開けている。

 もしかしたらこの聖女たちに手を出さないほうがいいのかもしれないと、彼は考えを改めた。

 フィールエルの凄まじい火力に圧倒されながら、リリはユーゴのことを考えていた。

 初めにギルドで見かけた時は、ただ単純に好みのタイプだと思った。翌日に同じ依頼を受けたと知った時は、そこはかとなく運命のものを感じた。

 アイラの町に向かうまでの旅は短かったけれど、実力もあると思ったし、性格も落ち着いているし、彼の印象は悪くなかった。

 昨日、ベガスがユーゴと話している時「そうなのかな?」と疑問が頭をかすめた。ベガスが一方的な意見で詰り、意地の悪い見方をすれば、追い出したがっているように思えからだ。

 だが、パーティーでの和を崩したくない。

 いや、ユーゴが抜けるであろうパーティから浮きたくなくて、リリはユーゴを庇えなかった。

 悪いとは思ったが、リリも冒険者として成功したかったので、置いていかれるユーゴより、勇者だというベガスの方が、まだ将来性があると思ったのだ。

 それを今は後悔している。

 聖女───あの実力を見れば疑いようがない───たちが語る人物像は確かにユーゴっぽい。

 彼女たちのような有名人と知り合いだというユーゴ、一体何者なのだろうか。

 そして、彼女たちとはどういう関係なのだろうか?

 ちょっとだけ、リリは気になった。

 それからフィールエルは、トラップスイッチのある場所をベガス達に逐一教えていった。全員初心者だと見抜いたのだ。

 その甲斐あって、体力も時間も無駄に減らすことなく、六人はダンジョンを出た。まだひる前だった。

 フィールエルとネルが木に繋いである馬の方へ歩き出したとき、ダンジョン入り口から少し離れた位置に、白い板が蜃気楼の如く現れた。

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