033. 勇者パーティーを追放された俺だが、 そもそも加入した覚えはありませんが?②

 ギルドから紹介してもらった格安宿に泊まって一夜を明かしたユーゴは、依頼人との待ち合わせ場所へ向かった。

 そこには一台の馬車と依頼人であろう商人風の男。

 そして冒険者風の女性二人がいた。


「おお。お前さんがユーゴか。よろしく頼むぞ!」


 依頼人との挨拶を交わすと、先着の女性の一人がユーゴを見て「あれ?」と言った。


「ああ。やっぱりそうだ!」


 女性の一人が顔の前で手を合わせ、明るく言った。


「貴方、昨日ギルドの掲示板のところで会った人だよね?」


「……ああ。そういえばそうだな」

 

 正確には同じ掲示板を見ていただけで、会話どころか目線すら合っていない。だが、思い返せば二人組のうちの一人が、少しユーゴの方を振り向いていたかも知れない。


「同じ依頼を受けたんだね。私はリリ。こっちは相棒のレイア。よろしくね」

「ユーゴだ。よろしく頼む」


 リリは水色の髪をボブカットにした小柄な女性だ。装備も軽装で獲物は腰に差した二本のダガー。

 恐らく素早さを主体にした戦い方だろうとユーゴは予想した。

 相棒だというレイアは軽くウェーブのかかった緑色の髪をして、大人びた雰囲気をまとった女性だ。

 丸いリングの中に銀杏の葉と逆Yの字が重なったような首飾りはヴァリオン教徒の証。そして長い杖を持っているということは呪怨術師なのだろう。


「レイアよ。よろしく」

「ああ。よろしくな」


 どうやらレイアの方は言葉とは裏腹にあまりよろしくする気はないようだ。

 警戒心の強い方なのかもな。

 ユーゴは思い、どうせ短い付き合いだと適当に距離を保つことにした。


「よし。じゃあ出発するぞ」


 依頼人の合図で一行は出発する。今回はこの三名だけが依頼を受けたのだ。

 商人の話ではメナ・ジェンド獣王国に続く街道は治安が良いらしく、賊のた類いもほどんといないとのことだった。

 今回の依頼も、どちらかといえば雑用としてという意味合いが強い。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「へぇ~。ユーゴは聖都ミロンドから来たんだ。てことは、ユーゴはミラール教徒?」


 旅の道すがら、リリが話しかけてきた。

 リリは人当たりがよく、逆にレイアの方は澄ましていてユーゴと積極的に話そうとはしない。

 自然、リリとの会話が多くなっていった。


「いや。俺はミロンドに行くミラール教徒の護衛の一人としていていっただけで、俺自身は無宗教だ」


 女神ユーラウリアが聞けば 「え、ウチのこと信仰してないの⁉︎」 と、むくれかねないことをユーゴは返した。


「そういえば、俺のことをよく憶えていたな。ほんの数分掲示板の前にいただけなのに」

「そりゃあね。そんな珍しい服着てるんだから目立ってたし、憶えるよ。それ、フルータル王国じゃ見かけないデザインだね。どこの国で作られた服なの?」

「さぁ、どこだろうな。テリカの商人から買ったんだ」


 説明が面倒なので適当な方便を使うと、


「テリカで珍しい品を扱ってるって言ったら、デニス商会かな?」

「そんな名前だったかな。ところで二人とも、この稼業は長いのか?」


 まさかデニス商会を知っているとは思わず、ユーゴはボロがでる前に話題を変えた。


「ううん。まだ二人ともEランクだよ。コンビ組んで一ヶ月くらいかな」

「そうか。やっぱりAランクを目指してんのか?」

「そうだよ。どうせならAランクになって有名になってやるんだ。それでお金持ちになって家でも建てたいよ。ね、レイア」

「そうね。主ヴァリオンは仰せられた。『汝、金銭を愛せ』と」


 相変わらず凄い宗教だなと、ユーゴは苦笑した。

 魔女マリアの一件があってあって、ユーゴはソラカへの道すがら、ヴァリオン教について少し情報収集した。

 ヴァリオン教はミラール教の聖都ミロンドを襲撃したことから狂った宗教というイメージが強いユーゴ。だがそれは過激派と呼ばれる集団による犯行だっただけで、ほとんどのヴァリオン教徒はそうではない。

 教義をざっくり明かせば、 ”人間の本来持っている欲を否定せず、ありのまま受け入れる” である。

 例えば飲酒。


『酒は飲んでも良い。大いに楽しめ。その方が人生楽しめる。ただし、然るべき時には自制すること。しこたま飲んで騒いだら、その分大いに働くべし』。


 例えば性交渉。


『大いに励め。ただし時と場合は選ぶべし。配偶者以外とも許されるが、そのぶん責任はしっかり果たせ。子はたくさん作った方が働き手が増えて世の中が豊かになる』。


 その他。


『みだりに無償で他人に施しを与えては、その人が甘えた人格になるので、報酬をもらえ。与えられたものは笑顔と礼、そして自分ができることで恩を返せ。それがお互いのためである』。


 という具合だ。ある種の性悪説ともいえる。

 これがミラール教になると、『飲酒は特別な祭事のみ。淫楽放蕩などもってのほか。子は神からの授かりものだ。他人に施しを与える時は見返りを求めてはならない』となる。

 ミラール教がガチガチ優等生タイプの教義なので、それが息苦しく感じる人々がヴァリオン教に鞍替えすることがままある。

 そのようなわけで、レイアが言った『金銭を愛せ』という言葉も、金銭を稼いで人のために遣え。己に余裕がないものは人に施す余裕もない、というものだ。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 二日ほど掛けて旅程の五分の四を進んだ。残り半日もしない内に到着という時、それらは現れた。

 犬の群れだ。

 ただし、頭が一回り大きく、口もアリゲーターのように長い犬種だ。その顎が上二つ、下二つの計四つに分かれている。


「ヘルドッグ!? なんでこんな場所に!?」


 リリが悲鳴を上げて後退った。

 個体数は十体。フォーメーションをとっているのか、それぞれ広がった陣形を作り、ユーゴ達に狙いを定めている。


「お、お前らなんとかしてくれっ!」


 依頼主は早々に馬車の中に引っ込んでユーゴ達に命じた。

 リリはふるえ、レイヤは冷や汗を流している。

 リリ達や依頼主の様子から、どうやらEランク冒険者には易しい相手ではないらしいとユーゴは察した。


「おいレイア。お前、呪怨術はつかえるんだろ?」

「え?……ええ。何秒か呪文を唱えればね。」

「よし。俺が時間を稼ぐから、念のために援護してくれ」


 レイアは頷くと、杖を構えた。


「来るぞっ!」


 ユーゴの警告と同時に、ヘルドッグが襲いかかってきた。


電光石火フリーウェイジャム】、発動!


 世界の時間の速度が変わる。だが───


「……?」


 ───思ったほど周囲の速度が遅くならなかった。


 ヘルドッグはそこそこの速さで迫ってきたが、もともとのユーゴの反射神経と運動能力で十分対応が可能だった。

 ユーゴへまっすぐ飛びかかってきた一体を殴って後ろへ弾き返し、後続の二匹に球突きでぶつける。

 左右からユーゴの首を狙ってきたが、それをしゃがんで回避。

 ユーゴの頭があったはずの位置で二匹がバッティングしたところで、それぞれの首を掴み、地面に叩きつける。そこで体重を乗せて頚椎を折った。

 そのタイミングでさきほど殴って押し戻した三匹が着地した。後続の二匹は足で着地したが、殴った方は横ばいになって落ちた。

 そいつを着地点にして跳躍。大腿四頭筋と臀筋を使って加速させた足裏で頭部を踏み潰す。

 一呼吸ほどの時間で三匹の仲間を殺されたヘルドッグたちは、ユーゴがにらみつけるとたたらを踏み、反転して逃走した。


「「「…………………」」」


 あまりの早技、あまりの手際の良さに、見ていた三人はぽかんとせざるを得なかった。

 レイヤに至っては唱えていた呪文すら続きが出てこず、口をパクパクとさせている。

 信じられないという視線を受けたユーゴは、


「それじゃ、先を急ごうか」


 何事もなかったかのように皆を急かした。

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