029. ケジメ
「ところで、ネルちゃんだっけ? ちょっとお願いがあるんだけど」
ユーラウリアに呼ばれたネルは、ビクッと体を震わせた。
「は、はい。私に出来ることでしたら」
「そこの魔女っち、治してくんない?」
ユーラウリアの提案に、ユーゴの表情が厳しいものになる。
「おい、ユーラ。それは……」
「ユー君。ウチの依頼の内容って憶えてる?」
「それは憶えてるが……」
ユーラウリアの依頼。それは ”被転送者を集め、協力体制を敷け” である。
マリアも被転送者であることが先ほど発覚したが、まさか、マリアもその協力体制に組み込むつもりなのだろうか。
であるならば、ユーゴとしては納得しがたいものがある。
「ユー君の気持ちは理解できるよ。だけどウチらにも事情がある。───それは君にも理解してもらえるよね?」
後半はフィールエルに向けて、ユーラウリアは言った。
女神の視線を受けたフィールエルは、マリアを、そしてネルを見てから考え込むように瞑目。そしてゆっくりと唇を動かした。
「……ええ。ボクは既に目的を果たしました。魔女マリアに関しても、既にかつての力はありません。人々の脅威にはならないでしょう。かといって彼女のために戦おうとは思いませんが。あとはネル次第です」
「私にはユーゴさんたちが何を仰っているのか判りません。なぜフィールエル様がここにいらっしゃるのか、ゼストさんの姿が見えないのは何故なのかも。でも魔女マリアが人々の脅威でないというのならば、私は彼女を治療します」
決然たる意志を瞳に込めて、ネルは宣言した。
「治したところでユーラに協力するか分からねぇし、こいつはまた同じことを企むかも知れねぇぞ?」
「うん。そこはウチにもちょっと考えがあるんだよね。とりあえずネルちゃん、お願いしていい?」
「わかりました」
首肯して、ネルは祝詞を唱えた。
マリアの全身から光が放たれ、彼女の傷をたちどころに治していく。
「凄いわね。これが……【祈癒】の神聖術」
瀕死の重傷があっという間に完治したマリアは、傷ひとつない己の体を見て素直に感嘆した。
ドレスはボロボロのままだが、大事なところは隠れているので気にしないことにしたようだ。
「つーか、お前が治してやりゃいいじゃん。ユーラ」
「言ったっしょ。ウチら神は手が出せないって。この世界を管理するミラールやヴァリオンでもそれは例外じゃないし。ウチらはあくまで管理者なんだから」
その言葉でユーゴはあることに思い至った。
「なぁユーラ。お前、さっきヴァリオンを知ってるふうなこと言ってたよな」
「言ったよ。それが?」
「んじゃあそこで死んでるバケモノ、何か解るよな?」
「うわ。なにアレ、キッモ。知らないけど?」
苦い薬を飲んだような顔をしたユーラウリアを見て、ユーゴは違う質問をする。
「お前。俺らの状況をどこまで把握してる?」
「えー? ウチ忙しいし、妨害あったりでこの世界にアクセスしたのついさっきなんだけど。この世界の担当じゃないし、逐一チェックできないんだなー、これが。だから、前ユー君たちと会ってからは全然だよ」
「そういうことか。あのバケモノ、邪神ヴァリオンって呼ばれてるらしいぞ」
「え。ヴァリオン、邪神とか呼ばれてんの? ウケるー。まー仕方ないか、あの性格じゃ。いや、ヴァリオンは根暗なオジ神だけど、あんなバケモノじゃないよ」
オジ神とは、オジさんの姿をした神ということらしい。
「……じゃあ、アレは何だったというの?」
傷が完治したマリアが立ち上がり、ユーラウリアに問うた。
「ウチが ”視た” ところだと、あれはヴァリオンの【神獣】だね。たぶんヴァリオンが封印してたものが、時代とともに伝承が変化して言って、 ”ヴァリオンの神獣” から ”ヴァリオン” そのものとして認識されたとかじゃない?」
「……そう」
もはやどうでもよさそうに呟いたマリア。
「ところでさー、ウチ、いま君の情報を覗いてんだけど、けっこう悪行重ねたねー。どしてそんなことしたの?」
「……日本に帰りたかったのよ」
仕方なさそうに、マリアは語る。
「……ある日、私は日本で死ぬような目に遭った。もしかしたら実際に死んだのかも知れない。とにかく気付いたら私はこの世界にいたわ。言葉は通じたけれど、苦しい日々だったわ。思い出したくもない……。でもある日お告げがあったの。夢の中で。『神の力を手に入れ召喚術を極めれば、元の世界に帰れる』って。目が覚めると、私は唐突に【契約】の呪怨術と【堕天使】の力が自分の中に眠っていることと、その力の使い方を理解した。それからはヴァリオン教に潜り込んで魔女として権力を高めていって、世界中の本や伝承を調べ上げて、あの怪物の卵を見つけて孵化させた。そこからは知っての通り、怪物を目覚めさせるために聖女たちを襲ったの。あの怪物の力を増して使いこなせれば、日本に帰れると思ってね」
「なるほどねー。そのお告げをした
ユーラウリアの質問に、マリアは首を横に振った。
「そりゃそっか。そう簡単には尻尾を掴ませないよねー」
ひとりごちる女神を見てユーゴは思った。たぶん、その存在こそが被転送者を狙っている者だと。
「事情はわかったよ。そこでウチから提案なんだけど、キミ、日本に帰りたくない?」
「……え? 帰れるの?」
「キミはウチらの争いに巻き込まれたっぽいからね。利用されたみたいなもんよ。別人として生まれ変わっちゃったら難しいけど、キミは違うみたいだし、ウチの権限で戻したげる。でも二つ条件がある。一つはまずこことは別の世界へ転送するから、そこで己の業を最低プラマイゼロまで戻すこと。簡単に言ったら、人のために善行を重ねなさいってこと。つぎに、それが終わったらウチらに協力してもらうこと。いい?」
「……何をさせられるかわからないけど、日本に帰れるなら何でもやるわ」
「オーケー。いちおう言っとくけど、これはケジメを付けるためだから、向こうではウチは一切フォローしない。けど、頑張ったらちゃんと約束は守る」
「わかったわ」
「じゃあユー君、よろ」
「あ? やっぱり俺かよ、面倒くせぇ」
深い溜め息をついて、ユーゴは超能力を発動する。
【
ユーゴが片手を床についた瞬間、石畳が発光して、そこからパールホワイトの
「これは……召喚術のゲート? でも何か様子が違うわ」
マリアの呟きに、ユーゴが答える。
「ゲートを知ってんのか」
「私もいちおう召喚系の呪怨術を修めているもの。あの怪物も召喚のゲートで呼び出したのだし。だって対象を直接召喚するのは非常に難易度が高くて、空間転移の術式を扱えなくてはいけないから。でも物体を離れた場所に移動できるゲートを使えば、術者は転移術が扱えなくても召喚ができる。そうでしょ?」
空間転移術式は高度かつ複雑な演算が必要になるので、習得が酷く困難である。
しかし【ゲート】という術式には予め空間転移の術式が組み込まれているので、それを利用するのが一般的である。
プログラムで例えるならば、ライブラリを利用するようなものだ。
とはいえ、ゲートを利用するにしてもそれなりに高度な知識と技術が必要なのだが。
「まぁそうだが、俺のはちょっと特殊でな。いわゆる召喚術みたいなことも出来るが、一度行ったことのある場所になら自分が移動することもできる。しかも行き先は別の時空、つまり異世界にも設定できる」
「単身自力での異世界移動が可能なの……っ!?」
マリアは愕然として言葉を失った。
自分がしたくても出来なかったことを、あっさりとやってのける者がここにいたのだ。
「……もっと。もっと早く貴方に出会いたかったわ」
「ところがこいつはそんな良いもんじゃない。目的地が異世界の場合、成功率が30%前後にまで落ちる。失敗したら、どこか目的地とは別の世界へと飛ばされる。ランダムでな。つーわけで、行って来い」
「……へ?」
ユーゴはマリアを荷物のように小脇に───
「……ちょっ!? ちょっと、まだ心の準備が……きゃあああああああっ」
───ゲートへと放り込んだ。
「さて。それじゃ疲れたし、ひとまず休憩でもするか」
頭を掻きながら、聖堂から出ようとするユーゴ。そこへ、
「ちょっと待って。何故ここにフィールエル様がいるの?」
「それに、お兄ちゃんは?」
スウィンとピアが切実そうに声を上げた。
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