028. 事象革命
「ああ…もう、最悪。
身体の至る所から血を流して横たわるマリアが呟いた。
「ドレスに対神聖術の呪怨術を予め付与してたけど、こんなに痛い思いをするなら即死のほうがましだったわ。それに何よ貴方…。無茶苦茶すぎよ。こんな戦力がいたなんて聞いてない。変身するし、ピストルとか持ってるし…」
元の姿に戻り、近づいてくるユーゴにマリアは噛み付いた。
「人の個性をとやかく言うなよ。どうでもいいけどお前、もしかして元地球人か?」
マリアを見下ろし、ユーゴは問うた。
「ええ、そうよ。貴方も何でしょ。 そのダサい服でわかったわ。でも、そういう自分を貫く姿勢は嫌いじゃないわ」
「お前も初対面のくせに歯に衣着せねぇな。俺もそういうやつは嫌いじゃない。お前、生まれ変わりじゃないな。転移か」
「たぶんそれ。気付いたらこの世界にいたわ。でも、こんな世界に来るくらいなら、あのまま死んでたほうがマシだった」
マリアが顔を歪ませたのは痛みのせいか、それとも過去に対する負の感情故か。
「お前にどんな過去があったのか知らねぇし、興味もない。世の中にムカついて世界中をぶっ壊したくなる気持ちは分からんでもないが、そんなこととは関係なしに、お前には落とし前をつけてもらう。お前はネルを殺したからな。死んだネルは生き返らねぇ」
ネオアルファの銃口をマリアへと向けてユーゴは言った。
「ネルさん……」
「ネルおねえちゃん……」
もう会えない大切な仲間を想い、スウィンもピアも涙ぐんだ。
「…………」
聖堂に沈黙が流れた。そこへ───。
「生き返るよ」
この場にそぐわない、陽気な声が聴こえた。
「ユーラ。俺はいま冗談に付き合う気分じゃないんだ」
ユーゴが聖堂の入口へ視線を遣ると、そこにはギャルっぽい女性───女神ユーラウリアが立っていた。
神出鬼没なのでどこに現れようと今更驚かないが、発言の内容が気に障った。
「冗談じゃないってば。さすがにウチもこういう時は空気読むよ?」
「ユーラウリア様、どういう事か説明していただけますか?」
勢いよく女神に詰め寄るフィールエルに、ユーラウリアは戸惑う。
「んー? 誰、きみ……? え、マジ? そんなことある?」
フィールエルの正体に気づいて一瞬のけぞった女神だが、「まぁあるかも」と自己完結した。
「その答えは、もうユー君のなかにあるよん」
ユーゴに近づき、その右胸を、とん、とつついた。
「は? どういう……いや、まさか」
ユーラウリアの言わんとすることを理解したユーゴは、己の意識を【鬼神核】に向けた。
全ての超能力、神技を記録している鬼神核。
そこに意識を向けた時、その内容を実は視認できる。あくまでユーゴの脳がそのように認識しているだけで実際に見えている訳では無いが、リスト化されているのだ。
名称やその概要なども確認できるのだが、その中に今まで無かった名称があることに気付いた。
「おいおい、何だこりゃ……。いいのか、こんなの」
あまりの内容に、思わずユーラウリアに問うた。
「凄いっしょ? まぁその代わり条件や代償は厳しくさせてもらってるけど。てかユー君、前回の異世界救済のご褒美、すっかり忘れてたでしょ。せっかくいろんな神を巻き込んで、めっちゃ凄いやつ用意したのに。ひどくない?」
それには答えず、ユーゴは集中してこの超能力の把握に努めている。
「よし」
短く気合を入れると、ユーゴは両目を閉じて両手を前に突き出した。そして念じる。
スッと世界の時が止まった。
【
世界だけでなくユーゴ自身の時間も止まっているのが、俯瞰しているユーゴ自身にも見えていた。これも
近いが違う。幽体離脱したように、ユーゴ自身が上空からユーゴを見下ろしている。
更に視覚情報だけでなく、嗅覚、味覚、触覚、聴覚の情報、物質を構成する素材、その由来、気象の状態など、森羅万象のメタデータを感じ取ることが出来る。
更には、これらを発動した瞬間から遡って確認できる。
試しにどこまで行けるのかと世界を逆再生のように巻き戻すと、およそ24時間というところだった。
大体の内容は把握できた。後は行動するだけだ。
ユーゴは現時点まで戻って、過去からコピーしたデータを使って実行する。
その瞬間、能力が終了し、ユーゴの意識が現実に引き戻された。
「……そんな、馬鹿な」
「うそ……信じられない」
「え……ピア、夢見てるの?」
「……本当、無茶苦茶ね」
疲労困憊であぐらをかくユーゴと、彼の肩に手を載せて微笑むユーラウリア以外の全員、現実が信じられなかった。ありえない光景がそこにあったのだ。
「……え? 私、何で……? ……皆さん、一体何が起こったんですか?」
誰よりも状況を掴めていないネルが、キョロキョロと左右を見回していた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ユーゴ。ユーラウリア様。流石にこれは説明していただけますよね!?」
フィールエルが柳眉を逆立て、二人を詰問した。
「んー。じゃあウチが説明しよっかな。その代わり、このことはみんな、他言無用だよ。おけ?」
マリアは瞼を閉じて虫の息だが、フィールエル、ネル、ピア、スウィンが頷いたのを確認した女神が説明を始める。
「ユー君がやったのは、既決事象の書き換え。簡単にいえば、過去に起こったことを、一日以内なら好きなように変えられるってスゴ技だよ。その名も、【
「つまり、いまユーゴがやったのは……」
スウィンの声は震えている。己が口にしようとする内容があまりにも出鱈目に思われ、最期まで言葉が続かない。
「『ネルは死んだ。けど無傷で生き返った』に事実を書き換えた」
「待ってくれ、ユーゴ。ネルが死ななかったということになれば、色々と辻褄が合わなくなるんじゃないのか? たとえばあの邪神はネルを吸収したことで力を増した。それがユーゴに斃されたことも、ユーゴの姿が変わったことも全部無かったことにならないと可怪しいんじゃないのか? ボクは詳しくないけど、タイムパラドックスとか言うんじゃ……」
中学時分に読んだSF小説の知識を思い出し、フィールエルは確認した。
「お前、頭いいな、ゼスト。じゃなかった。フィールエル? か。俺もよく憶えてないんだけど、たしかに『死ななかった』ってことにすると、変更する内容が多くて面倒くせーんだよ。だから『死ななかった』じゃなくて、『死んだけど無傷で生き返った』にしたんだ。それだとネルにしか干渉しなくていいからな」
「……それはもはや、神の所業ね」
「まー女神であるウチが許可してるからね。この世界の神であるミラールにもヴァリオンにも、その他神々にも協力してもらってるし?」
呆れたように呟いたマリアに反応したのは、ドヤ顔のユーラウリアだった。
「め、女神ですって……?」
スウィンが不信感を滲ませた。
「おう。信じられないかも知れねぇけど、この女はまじで女神だ。信じられねぇだろうけど」
「二回言うなー」
親指で自分を指さすユーゴの頭を、女神はペシペシ叩いた。
「いえ。よく考えたらユーゴという存在の無茶苦茶さに比べれば、女神様くらいいてもおかしくはないわね。ユーゴのデタラメ加減も、女神由来と考えれば納得できるわ」
「嫌な納得のされ方だな。まぁいいけど」
「ところで、ネルちゃんだっけ? ちょっとお願いがあるんだけど」
ユーラウリアに呼ばれたネルは、ビクッと体を震わせた。
「は、はい。私に出来ることでしたら」
「そこの魔女っち、治してくんない?」
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