027. フルボッコ

 バチバチっと変身の余剰エネルギーをスパークとして放出する、エクスブレイバーことユーゴ・タカトー。


「ユーゴ。その姿はいったい……?」


 ゼストが、呆然として問うた。

 マリアを含め、他のものも全員理解が追いついていない。


「これか? これは、こういう体質だ。気にするな」


 そんな体質は聞いたことがない。明らかにはぐらかしている。

 だが、ユーゴの意を汲んで、ゼストは頷いた。


「■■■■■■■■ーーーーッ!!!!」


 怪物が咆哮した。

 目の前に現れた新しい敵に、本能的に危機感を覚えたためだ。


「すぐ終わらせるぜ。俺もこの姿になると腹が減ってくるし、疲れるんでな」


 怪物は首を振り回し、口腔内が再び発光する。

 広い聖堂を軽く吹き飛ばすブレスが、ユーゴを襲う。


「ユーゴ! 危ない!」


 ゼストが叫んで警告した。

 だが彼の心配は杞憂に終わった。

 高温のブレスが、ユーゴが伸ばした左掌の前面であっけなく雲散霧消したからだ。

 これはエクスブレイバー固有機能の一つ、【アブソーバー】。左掌の中央にあるレンズ状の装置で力場を発生させ、それに触れたあらゆるエネルギーを吸収し、自らの稼働エネルギーとして蓄積する機能である。

 ユーゴがぐっと腰を落とす。


「それじゃあ、次はこっちの番だ。歯ぁ食いしばれよ」


 ドン!

 床が割れるほど強く踏み込んでユーゴが怪物に殴りかかった。

 岩石のように硬い皮膚をいともたやすく破砕し、拳を腹にめり込ませた。


「■■■■■■■■~~~~~~ッ!!」

「ああ、悪い。歯はあんまり関係なかったな」


 全く悪びれず言って、千手観音に見えるほどの残像を残す速度で拳を連打した。

 工事現場のような破砕音を轟かせ、どんどん怪物のからだを破壊していくユーゴ。

 絶叫を上げる怪物。痛みから開放されるため、四本の腕でユーゴを握りつぶそうと試みるが───。

 ユーゴの両前腕にある手甲部から黒い刃が飛び出し、怪物の腕を手首から四本とも切り落とした。


「ピア! 危ない!」


 ゼストがピアを抱きかかえ、大きく跳躍する。

 痛みのあまり怪物が暴れ、巨大な尻尾がピアに迫っていたからだ。


「きゃあ!」


 スウィンにも迫る尾。

 ユーゴはスウィンの前に移動し、尾の一撃を両腕で受け止める。


「おるぁぁぁぁぁぁっ!」


 右胸に埋め込まれた第二の心臓にして第二の頭脳、【鬼神核】という核は超人的な力の源であり、様々な演算を行う重要な器官である。

 女神によって与えられた超能力や神技は、この鬼神核に記録される。異世界転生を繰り返しているうちに、いつの間にかそうなっていたのだ。

(ちなみにスペリオール・ウォッチなどの使い方などの情報も、ユーラウリアからこの中に送られてくる)。

 ともあれ、ユーゴは鬼神核に命じる。


 神技アンフェア・スキル、【投技百段ジュードー・マスター】発動!


 ユーゴは怪物の尾を掴んだまま、怪物の巨体を───


 背負投げで投げ飛ばした。


 【投技百段ジュードー・マスター】とは、対象が地面に固定されていない限り、どんな体勢でも、どんな相手でも投げ飛ばせるという神業である。

 ちなみに【神技アンフェア・スキル】とは、人間が磨き上げる技術とは一線を画す概念である。

 本来、技術とはたゆまぬ反復訓練によりその精度や威力を増していく。

 例えば優れたバスケットプレイヤーは目を瞑っていてもシュートを成功させるし、格闘技の達人は考える前に技が出る。

 それらは思わず唸ってしまうほどだが、それはあくまで人の力の及ぶ所まで。

 神技は人の成し得る範囲を超えて結果を出す。

 例えば【投技百段ジュードー・マスター】ではまず、 “対象を投げ飛ばす” という結果ありきで、そこに至るために術者の行動が自動で動き、結果に追随する。しかもあらゆる物理法則を無視して。

 

「ええええええええええええっっっっ!!」


 聖堂の天井に頭がつくような巨大な怪物を、ただの人間(ただの、ではないかもしれないが)が、投げ飛ばすというアンビリバボーな光景に一番大声を上げて驚いたのは、実はマリアだった。

 ゼストたちも驚いてはいたが、『まぁユーゴのやることだし』と半ば当然のように受け止めていた。ユーゴの出鱈目さに抗体ができたと言える。

 投げっぱなしで怪物を聖堂の壁に叩きつけたユーゴは、右掌を怪物に向けた。

 

「あばよ」


 呟いたユーゴの掌に、強大なエネルギーが収束されていく。

 マリアを絶望的な予感が襲った。


「や……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 エクスブレイバーの右掌には、左掌の【アブソーバー】で吸収したエネルギーを凝集し、撃ち出すことが出来る装置、【リリーサー】がある。

 ユーゴを護るようにゼストが背中合わせに立って、防御壁を展開する。

 耳をつんざく轟音が鳴り響き、粉塵が巻き起こった。

 視界が晴れた時、スウィンとピアの目に飛び込んできたのは半壊した聖堂と、上半身が吹き飛んで息絶えた怪物。無傷のユーゴ。そして───


「……え?」

「誰ぇ?」


 スウィンとピアはゼストの姿を探したが、どこにもその姿はなかった。

 彼がいたはずの場所には、いままでいなかった一人の女性が立っていた。

 凛々しい瞳の美しい顔立ち。

 桃色の長い髪をなびかせて立つその姿を、スウィンは知っていた。


「フィールエル様?」


 スウィンの頭には疑問がひしめいていた。

 なぜ彼女がここに?

 亡くなったのではないのか?

 それよりも、ゼストさんはどこに?

 背後の見知らぬ人物に気付いたユーゴが誰何する。


「誰だ、お前?」


 フィールエルと呼ばれた女性はそれには答えず、


「ユーゴ。悪いが後はボクに任せて欲しい」


 ユーゴに頼み込んだ。


「お前、まさか……。え、まじ? そんなコトある?」


 驚きのあまり、さしものユーゴも毒気を抜かれた。


「二年前。十七歳の時、ボクは油断から呪いをかけられた。性別変換の呪怨術を、そこのマリアにね。そしていま、再びボクの不甲斐なさによって、仲間を───ネルを失った。もうネルは戻ってこないが、せめて敵はボクの手で討つ!」


 フィールエルが気合を入れると、なんと彼女の背から一対の翼が現れた。正確には神聖力がオーラとなって翼の形を成しているのだ。


「なによ…。なによなによ! みんな、私の邪魔をしてぇっ!」


 一歩、また一歩と近づくフィールエルを排除しようと本の頁を捲るマリア。

 しかし、呪怨術は発動しない。


「無駄だ。君の詠唱破棄のタネは【堕天使】の存在。それが何なのか判らないが、ボクの【天使】と似たような役割だったんだろう。ボクが天使によって祝詞の詠唱を破棄できるように。でも、今の君には堕天使も邪神もいない。莫大な呪力ももうない。終わりだ。…せめて一瞬で終わらせてやる」


 フィールエルの周囲に十個以上の光球が出現する。

 

「あ、貴女は【聖女】なんでしょ? 人を殺めて良いの?」


 形勢を不利とみたマリアは、フィールエルを丸め込もうとする。


「他の聖女なら、あるいはそうだったかもな。彼女達は優しく、慈悲深かった。でも君が殺した。言っておくが、ボクは彼女達とは少し役割が違う【聖戦】だ。人に仇なす邪悪を滅す存在。それに───」


 光球がマリアに向かって、一気に放たれる。


「『私は憎しみを持って拒絶する! 全ての……」


 マリアが防衛のため呪文を唱える。しかし、


「───ボクは、自分を聖女だと思ったことはない」


 唱え終えることはなく、全ての神聖術がマリアを撃ち抜いた。



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