030. それから

 何となく、ユーゴはゼストの身に何が起こったのかを理解していた。

 ユーラウリアもアホっぽく見えるが、あれで女神の端くれ。人間のステータスを読むリテラシーは高いので、当然理解している。

 というか、さきほど本人がほとんど白状していた。

 それはスウィンもピアも聞いていたはずだが、理解していなかった。

 いや、現実を受け入れられなかったのだ。


「スウィン。ピア。そして、ネル。黙っていたけれど、これまで一緒に旅をしてきたゼストは、ボク、フィールエル・スティンピアが魔女の呪いで性別を変えられた姿なんだ。……黙っていてすまない」


 沈痛な面持ちで告白したフィールエル。


「ゼストさんがフィールエルさま…ゼストさんがフィールエルさま…ゼストさんがフィールエルさま…ゼストさんがフィールエルさま…ゼストさんが」


 スウィンは灰のように血の気が失せた顔で呟き続け、


「お兄ちゃんはお姉ちゃん? おにぇーちゃん? おねにーちゃん?」


 ピアに至っては混乱の極みから、新しい名称を模索しだす始末。


「まぁ。そうだったんですね」


 唯一、ネルだけがすんなりと許容できていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 それから。

 脳がキャパオーバーになったらしいスウィンとピアは、揃って気を失った。

 神殿に残っていた魔獣は全て始末し、ヴァリオン教徒は全員縛り上げた。

 ちなみにこれはフィールエル一人で行い、ユーゴは疲れたと言って休息していた。非常食の干し肉ジャーキーを齧りながら。

 神殿の奥の隠し部屋には、避難していた神官たちがいた。

 多少の犠牲者が出ていたので、その亡骸は神官や職員総出で運んだ。

 いつの間にか、ユーラウリアは姿を消していた。


 フィールエルとネルは街へ降りる途中の光景に目を疑った。広大な聖都を埋め尽くすように、魔獣の死骸が散らばっていたからだ。

 王国軍一個師団を用いてやっという戦果だ。それも多数の戦死者が出るとして。

 フィールエル一人でも、一度にこんな大勢を相手にするのは難しい。それも、こんなに短時間で。

 改めて二人は、ユーゴの規格外の戦闘力におののいた。


 町が静かになったことに気付いた都の民が、恐る恐る一人、また一人と外へ出てきた。

 神殿から降りてきた美女二人を目敏く見つけた一人の住民。彼は古くから町に住んでいて聖女達の顔を見知っていた。


「聖女様だ! フィールエル様にネル様だ‼︎ この方たちが都をお救いになったんだ!!」


 その声を聞きつけた住民たちは快哉を叫んだ。やがてそれは聖都中に伝播していった。

 聖女達は否定したが、空に響くような歓声にかき消されてしまった。


 辺りが暗くなり、月が顔を出したところで、神殿で食事を摂ることにした一行。

 そこでフィールエルとネルは教主である大神官から謝辞を述べられていた。

 この時には既に、ユーゴから『俺のことは極力地味に話せ』と言われていたので、むず痒い思いをしながら聖女二人は神官からの礼を受け入れざるを得なかったのだ。

 スウィンとピアはずっと寝込んでうなされている。よほどショックだったのだろう。


 食後、神殿内の会議室でユーゴ、フィールエル、ネルは顔を突き合わせていた。

 そこでネルは己の事情を話した。前世の記憶があることや出生の秘密、これまでの半生と決意などを。

 ユーゴから地球から来たのは気付いていたと白状した。しかし、己の前世を封印していたネルにはもはや関係ないことと切り捨てていたのだ。

 ユーゴもフィールエルも、ネルの告白に驚いた。だが、二人して頷くと、


「実はな、ネル。俺たちは―――」


 ユーラウリアの依頼のことを打ち明けた。


「そうだったんですね。わかりました。私にも、ユーゴさんのお手伝いをさせてください」


 協力を申し出たネルに、ユーゴはスペリオールウォッチを渡した。


「んで、お前はもうゼストじゃねぇんだな?」


 ユーゴはフィールエルに確認した。


「うん。これが本当の姿だ。…どこかおかしいか?」


 元の姿に戻った事で、身体のサイズも一回り小さくなった。ダブダブになった男物の服の服をつまみながら、彼女は自分の身体を見回している。

 性別変換という、尋常ではない状態に2年間もされていたのだ。完全に元に戻ったか心配になるのは致し方ない。


「いや、別に変じゃねぇけど…」


 ゼストの服を着ているフィールエルは、誰もが振り向く美女である。

 年下なので今のところ興味はないが、もう少し大人になったらユーゴもくらっとくるような色香を持つに違いない。


「……あんまり、じろじろ見られると、さすがのボクも恥ずかしいんだけど」


「あ、ああ。悪い。そういや、お前の前世は何なんだ? フィールエル」


 気恥ずかしさを誤魔化すため、話題を変えた。


「ボクか? ボクは女子高生だったよ。高校3年生。17歳のピチピチさ。ボクはネルと違って、生まれ変わった瞬間から、朧気ながら前世の記憶があった。だから人格としては連続しているんだ」


「 LJK か。人格が連続してるってことは、前世からそんな感じってことか。お前、もしかして女子校じゃねぇだろうな? もしそうだったら、ラブレターたくさんもらってたクチだろ」


「よくわかったな。というか、 LJK ってなんだ?」


高3LAST女子J高生Kのことらしい。2020年代の初めの方はそう言ってたな。まぁそれはどうでもいいか。それで、これからお前らはどうするんだ?」


「ボクは元の姿に戻るという目的も果たしたし、ネルも神殿に送り届けた。差し当たって予定はないが、一度フルータル王国の国王陛下に事情を報告しなければならないな」


「私はまだ何も……。この神殿の復興をお手伝いしたいですし、一度教主様とお話します」


「ユーゴはどうするんだ? ……も、もし良かった、ボクと一緒に王都に行かないか?」


 顔をあかくしながらフィールエルが誘いをかけてきた。それを見たネルは、不安そうに顔を曇らせた。


「さて、どうするかな。今日は疲れたし、ひとまず寝て、明日考えるかな」


 ユーゴの言葉を機に、各自教会に与えられた部屋へと戻った。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 夜も更けた頃。ネルは急に目を覚ました。

 なぜか心が落ち着かない。

 毛布を跳ね除け、ガウンを羽織ったネルは部屋を飛び出した。

 ユーゴの部屋に急ぐネルと、途中のドアが開いて飛び出してきた人間がぶつかりそうになった。フィールエルだった。


「ネル。まさかキミも……」


「私、なんだか嫌な予感がするんです……」


 二人はユーゴの部屋の前まで来ると、扉をノックした。だが返事はない。

 顔を見合わせた二人。フィールエルがドアノブに手をかけ回した。


「「…………っ⁉︎」」


 部屋の中にはユーゴの姿はなく、もぬけの殻だった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 テリカの町から南東に徒歩で一日ほど進んだ場所にある町、ソラカ。

 そこを目指してユーゴは歩いていた。

 

 数日前。誰にも悟られずにユーゴは神殿を出た。

 彼は一人で行くことを決めたのだ。目の前でネルが怪物の餌食になった時に。

 いままで幾つも世界を渡り歩いてきた。仲間を喪ったのも一度や二度ではない。その度に己の未熟さ、力の無さを悔いてきた。

 力を増し、修羅場をくぐり抜けることでそんな悲劇は少なくなっていた。だがそれが慢心を招いた。

 今回はたまたま【事象革命パーフェクトリライト】があった。しかしあの能力は条件が厳しく、いまのユーゴにはおいそれと使えない。

 やはり一人のほうが楽だ。

 そうしてユーゴは荷物を担ぎ直し、再び歩き出した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 聖都ミロンドを襲ったヴァリオン教過激派、およびそれを率いていた魔女マリアを退けた日から数日後。

 再建を始めた神殿の門に、旅立ちの準備を終えた二人の女性がいた。

 一人は美しい顔立ちで、桃色の長い髪をポニーテールにして黒いリボンでまとめた長身の女騎士。

 もう一人は可憐な顔に優しそうな微笑みを受けべ、大きな杖を持つ修道女。

 彼女達はこれから旅を始める。

 目的地はない。

 だが、追いかける人はいる。

 彼女達を助けるだけ助けておいて、ろくに礼を言わせず勝手に消えた不届き者。しかも彼女達の心に鮮烈な想いを起こさせておいて。

 

「さぁ、行こうか、ネル」


「はい。フィールエル様」


 胸中にそれぞれの思いを抱き、彼女達は旅立った。

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