012. キミこそチート

「さぁユーゴ? だったかしら。貴方には私達に説明する義務があるわ」

「なぜ俺が紳士的であるように心がけているのか、その理由をか?」


 スウィンの問いに、ユーゴは人を食ったような答えを返した。


「どこをどうしたらそういう話になるのよ。というか、貴方のどこが紳士よ。紳士っていうのは、女性に対して優しく気遣いができる、ゼストさんみたいな男性のことを言うのよ。そうじゃなくて、この建物を牽いてきた鉄の車とか、この妙な建物は何なのかってことをよ」

「あ、そっち?」


 ユーラウリアのことは正直まだどうごまかすか考えが纏まっていなかったが、ユーゴの神由来の所有物に関しては、他世界で散々使いまわしてきた誤魔化し用の鉄板テンプレートがある。


「これはな、古代の神々が遺した、古代文明の遺物だ」

「古代の神々の遺産⁉︎ ……それならば納得かしら。そうでないとこんな神の御業としか思えないようなことの説明がつかないわ」


 文明の水準が低く、まだ神への信仰が生活の一部に息づいていることが多い異世界では、理解不能なことや説明がつかないことは【神】の仕業にすれば頭から信じ込んでしまう。思考停止してしまうことが多いというのは、ユーゴの経験から理解っていた。

 スウィンもネルも、【神】という調整剤のお陰で、うまく自分の常識と折り合いをつけられたようだ。


「あ。お菓子がある」


 ピアはどちらかと言えば ”神より団子” らしく、お菓子を目敏く発見し、飛んでいってしまった。比喩的に。


「でも貴方、記憶喪失だったのよね。こんな代物を持っているなんてこと言ってなかったじゃない。それに、あの女性は?」


 ユーラウリアの姿が見えず、キョロキョロと左右を見回すスウィンとネル。


「ああ、記憶喪失アレか。アレは嘘だ」

「ウソぉ⁉︎」

「間違えた。方便だ」

「本当のことを隠していたことに間違いないでしょ!」

「まぁそんなに怒鳴るなよ。お前らと会った時はまさか、こんな深入りするとは思わなかったんだよ。俺もちょっと大仕事を抱えてたから、説明する時間がなかったんだよ」

「良いじゃありませんか、スウィンさん。ユーゴさんは今ではこうしてちゃんと正直に答えてくださったのですから」


 憤慨するスウィンを宥めたのは、やはりネルだった。


「ネルさん、でも……」

「誰しも事情はあるものです。嘘をついたことを正直に打ち明けるのは、とても勇気がいるものですよ」

「……そうですね。わかりました」


 どうやらスウィンはネルには一目置いているらしいとユーゴは感じた。


「そういうことだ。悪気はなかったんだ。勘弁してくれ。あと、さっきの女はユーラウリアといって俺の雇用主というか、俺はあいつの依頼で方方を巡っているんだ」


 簡潔かつ不自然でない程度に方便を述べるユーゴに、ネルは懸念を伝える。


「そうだったのですね。でしたら、この旅にお誘いしたのはご迷惑だったのでは?」

「いや。あの時は行き詰まってたし、結果論だが、この旅に同行したほうが都合が良くなったんだ」

「へぇ。どういうこと、ゼストさん?」

「ユーゴはネルを送り届けた後、ボクの用事を手伝ってくれることになった。その代わり、ユーゴの仕事でボクの力が必要な時は、ボクが力を貸す。そういう約束になっているんだ」

「まぁ、ゼストさんが決めたのなら、私に異論はないわ。ところで、ゼストさんの用事って?」

「それは……他人のプライバシーに関わることだから」

「そう……」


 やんわりと断るゼストに、スウィンは寂しそうに目を伏せた。


「ねぇ、お話終わった? お菓子食べて良い?」


 お菓子を狙っていたピアだが、何やら真面目そうな話が始まったので我慢していたのだ。


「ああ、そういえば飯を食ってなかったな。せっかくだし、冷凍のピザでも食べさせてやろう」

「ピザがあるのか? でも、冷凍って、まさか……」


  確かまだ残っていたはずだとユーゴが冷凍庫を漁ると、四種のチーズピザとマルゲリータが一枚ずつ残っていた。

 ユーゴの異世界生活は現地調達が基本だが、このトレーラーハウスのような居住施設にある備品や食料などは、いつの間にか補充されていることがある。ユーラウリアが気まぐれでサービスしてくれているらしい。

 ユーゴはオーブンにピザを突っ込んで焼き上げると、ペットボトルのジュースと共にゼストたちに提供した。


「こんな短時間で、こんな料理が焼き上がったの⁉︎ しかも、凄く美味しい!」


 とか、


「この果汁の飲み物、凄く甘くて美味しいよ!」


 とかの感想を軽く聞き流し、ユーゴはみんなに今日はもう休むことを勧めた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 皆が部屋に下がった後、ユーゴはリビングで独り、ウイスキーを飲んでいた。

 そこに、メンズフロアに続く階段からゼストが降りてきた。


「お酒か?」

「おう。俺は食べ物にはあまり拘らないが、酒には目がなくてな。お前も飲むか?」

「いや、ボクは遠慮しておく」

「そういやゼスト、お前、いま十九歳だっけか。まさかこの世界でも『お酒は二十歳になってから』とか言うんじゃないだろうな」

「いや。この世界では何歳からでも飲酒可能だ。巷間に出回っているのは度数の低いものだし、そもそもお酒は一般家庭ではあまり飲まないらしいし。ボクは単純に下戸なんだ。それにアルコールは判断力を低下させるからな」

「常在戦場の心得か。結構なことだ。なら、冷蔵庫にコーラがあるぞ」

「こ、コーラ⁉︎ 本当か⁉︎ それはいいな。この世界には炭酸飲料がなくてね」


 陽気に冷蔵庫を開けたゼストは、何度目かわからないほどの驚きに包まれた。


「マーガリンに味噌⁉︎ 何だこの食料の種類。しかもラベルは日本語⁉︎ まさか―――」


 なにかに気づいたゼスト。

 言うが早いか、バタンと冷蔵庫を閉めると、


「ちょっと失礼」


 ひと言断りを入れて、戸棚を順番に開けていった。


 一通り確認し終えたゼストは、大きなため息を吐いた。


「煮魚の缶詰に各種調味料。おまけにシリアルやパーティサイズのお菓子。何だここは。まるきり日本の家庭のキッチンじゃないか」

「ん? ああ、なんかユーラがたまに補充してるみたいだな。俺はほとんど甘いものは食べないが、気づいたら減ったり増えたりしてるから、ユーラが気まぐれで遊びに来てるんじゃないのか?」

「……ちなみにさっきは訊けなかったけど、このトレーラーハウスとか、ここが収納されてたらしい亜空間は何だ?」


 なぜかゼストは、憮然として尋ねた。


「このトレーラーは、何回前かの異世界での仕事の報酬だ。名前は確か、【オプティマスデルタ】だったか。見ての通りサイズが狂ったレベルだから、なかなか外に出し辛くてな。普段俺独りで使う時は収納空間に入れたままなんだ。で、その空間も別の世界の報酬で得た能力で、【無限のおシークレットもちゃ箱フロンティア】って名前が付けられてるな。どこまでも果てがない、真っ白な空間だな。ただ、そこには見ると刺激の強い切り札ばかり置いてるから、あまり人を入れたくない。だから今日は、このトレーラーハウスを外に出したんだ」

「そ、そうなのか。キミみたいな人を、チートっていうんだろうな。正直羨ましいよ。……なんか、どっと疲れたから、コーラは明日いただくよ。おやすみ」

「お、おう。ゆっくり休んでくれ」


 なぜかトボトボと階段を登っていくゼストを見ながら、「?」とユーゴは首を傾げた。


「ま、いいか」


 こうしてゼスト一行との旅の初日は終わったのだった。

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