013. モブリーダーとのエンカウント

 二日目の朝。

 ユーゴとゼスト一行はトレーラーハウスの前に揃っていた。


「では神聖術を解除しますね」


 ネルが祝詞を唱えると、天井から景色が徐々に剥がれ落ちていくように、【オプティマス・デルタ】が現れた。

 スウィンとピアは夢心地の表情をしている。

 朝食は料理ができるゼストが簡単なハムエッグとポタージュ(インスタント)を作った。

 その料理が素材の良さも相まって、非常に美味だったのと、テカテカした包装紙に包まれたお菓子が、彼女たちの口内に天上の至福をもたらしたからだ。

 ちなみにお菓子を持っていきたいとピアが駄々をこねたが、プラスチック製の包装が自然や文化にどう影響を与えるか分からなかったので、ゼストがやんわりと窘めた。

 【オプティマス・デルタ】を【無限のおもちゃ箱】へと収納したユーゴが戻ってくると、一行は出発した。


 そこから山を一つ超えたところに、隣国との関所がある。三日ほど掛けて山越えした一行は、関所まで半日という地点まで辿り着いた。

 陽はすでに天の頂点を過ぎている。

 このままのペースで進めば関所を越えて次の街につく頃には確実に陽が没しており、この人数分の宿が取れる保証はない。さりとてもう三日も野宿をしているので、三人の女性はそろそろきちんとした宿に泊めてあげてあげたいとゼストは考えていた。正直なところ、綺麗好きなゼスト自身も宿に泊まりたいということもある。

 地形的にユーゴのトレーラーハウスも使用できない。

 少し無理をして次の街に進むか、諦めて野宿するか。どうするか相談しながら山路を下っていると、


「ユーゴ」

「おう。いるな、前方に。あの両端の岩に隠れてるな。数は…合わせて二十ってところか」


 ユーゴが二十メートルほど先にある岩を指したその時、その岩の陰から白煙が上がりだした。


「小賢しいことに、後ろからも来てるぜ。挟み撃ちにしようって魂胆らしい」

 一行の現在地は山腹を巻くように続く山道。左には山壁、右手には崖が逃げ道を塞いでいる。

 気付かれたことに気付いたようで、前方からファッションテーマを ”粗暴” または ”野卑” で統一したような集団が姿を現した。


「はっ。待ってたぜ、てめぇらをよ。特にお前ぇだ、一番背の高ぇ男!」


 集団の中央にいたリーダー然とした男が、ユーゴの方を指さして叫んだ。

 ユーゴは背後を振り返る。


 誰もいない。


「お前ぇだよお前ぇ‼︎ 巫山戯てんのか⁉︎」


 いらついた様子で、リーダー風の男がユーゴに向かって叫んだ。


「え……俺?」

「おいおい。忘れたとは言わせねぇぞ」

「いや、本気で誰だか……あ」

「思い出したか?」

「ああ。六日くらい前にテリカの酒場で会ったマックスか。お前、あの時娼館に新人の女が入ったって言って俺に金を貸してくれって泣いて頼んできたよな。あの時の金、返せよ」

「ちっげぇわ! 誰だよそれ! いや、まじで違うからな!」


 うわぁ……と、嫌悪感丸出しで引くスウィンたち女性陣を意識して、男の必死感がブーストされる。


「まじで思い出さねぇのかよ。十日前に、お前ぇに部下たちをやられて仕事を邪魔された俺だよ! ほら、テリカの近くの街道で!」

「……ああ。カールの馬車を襲ってたやつか。出番が一度きりのモブかと思ってたわ。なんせ吐いた言葉が、捨て台詞界の化石みたいな『覚えてろよ』だったからな。いや、むしろ逆にこんな天然記念物をすっかり忘れることが失礼か。忘れててごめんちょ。許しておくれ」

「て、手前ぇ……」


 どう見ても悪いと思っていないユーゴの態度に、リーダー風の男の口元が痙攣しだした。


「ていうか、このモブリーダー、さっき『手前ぇら』って言ってなかったか? つーことはゼストたちの知り合いか? だめだよー。友達は選ばなきゃ。お前たちまでモブって思われるぜ」


 的はずれな忠告をするユーゴに、ゼストは肩をすくめて答える。


「ご忠告痛みいる。ただ生憎とボクたちも彼らのことは知らないぞ。とはいえ、今まで賊のたぐいはかなり返り討ちにしてきたからね。そっちかな?」

「そっちだよ。理解してもらえたところで、そこのお嬢ちゃんが持ってる大層なもんをよこしな」


 モブリーダーは、ネルを見て言った。


「断ると言ったら?」


 当然、ゼストとしては受け入れられない。ネルを庇うような位置に立った。


「そんじゃ仕方ねぇ。おい野郎ども。やっちま―――」

「ちょぉぉぉぉっと待ったぁぁ! ストップ。ストッープ!」

「な、なんだよ……」


 モブリーダーの号令を手を挙げて制したユーゴに、まさかこの展開で止められると思っていなかったモブリーダーは素直に応じてしまった。


「どうせ俺たち全員殺されるんだろ? じゃあせめて、誰がその聖璽? を狙ってるのかを教えてくれ。ヴァリオン教の誰があんたらに依頼したのか、それくらいは知る権利があるだろ?」


 深くため息をついて悲嘆に暮れる素振りをしたユーゴ。

 それに弱者に対する優越感を刺激されたのか、モブリーダーは酷薄な笑みを浮かべて応じる。


「いいだろう。冥土の土産だ。手前ぇらも黒幕が誰か判んねぇんじゃ、死んでも死にきれねぇだろうしな。俺たちの依頼人は、お前ぇらも聞いたことくれぇはあるだろ、【契約の魔女】だ」


 顎を引き、下から睨めつけるようにニヤリと笑みを浮かべるモブリーダーは、ドヤ顔で語った。

 それを聞いたユーゴの驚愕の心中がこれだ。


「うわーうわうわうわマジかよ。誰か嘘だといってくれ。ダメ元で頼んだのに、まじで教えちゃったよあの人! ふつー殺すと決めた相手だからって余計な情報漏らさないだろ。もうここまで来たら天然ボケの枠に収まらねーよ。『阿』と言ったら『吽』と言うこの流れはもう絶対わざとだよ。あ、もしかしてわざと教えてくれてる⁉︎ じゃないと説明つかねーよな。じゃあ悪人じゃなくて良い人じゃん。さっきの変なドヤ顔、もしキメてるつもりだったら気持ち悪いから止めた方がいいよって言おうと思ったけど、そんな事こんな良い人に向かって口に出しちゃいけねーよな。うん、止めとこう」


「全部声に出てんだよ!お・め・ぇ・は・よぉぉぉぉ‼︎」


 天に向かって吠えたモブリーダー。うっすら涙すら浮かべている。もはや慟哭である。


「て、手前ぇだきゃただじゃ殺さ―――」

「お前のヘボさはモブにしておくには惜しいな。よし、喜べ。お前を ”モブリーダー” から ”ただの雑魚” に格上げしてやるぞ」

「ぷぎゃ△◯✕□!」


 ニヤついたユーゴの揶揄にキレたモブリーダー改めただの雑魚は、意味不明な奇声を発しながら突撃してきた。

 次回、ただの雑魚率いるモブ盗賊団とユーゴたちのバトルの火蓋が切って落とされる。

 という引きにしたかったが―――。


「ん?」


 ユーゴの【千里眼ワールドゲイザー】に何かが映り込んだ。

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