009. 無限のおもちゃ箱

 獣人の村を後にした一行は、来た道を引き返していた。


「さて。そろそろどこかで野営の準備をしなければいけないな」


 日のち具合を見て、ゼストはそう判断した。

 獣人たちの村に泊めてもらうことも考えたが、これから賊の処罰などで大変だろうと思ったから、ぜひ一泊してくれとせがむ村長の誘いを固辞したのだ。

 それに、先を急ぐ旅という事情もある。


「じゃあテントの用意をしなきゃだよ、おにいちゃん」

「そうだな」

「テント? どこにあるんだ、そんなもん」


 ユーゴの疑問は至極当然なものだ。

 テントはただでさえ嵩張るのに、男女となれば二つは必要だろう。しかし、誰もが自分の私物を詰めたバッグのみで、そんな大きな荷物を持っている様子はない。


「さっき見せたでしょう?」


 スウィンはそう言って、胸元の宝石を指先で弾いた。


「どっかの空間に仕舞い込んでるってことか」


「そういうこと」


 実を言うと、スウィンは少し面白くなかった。

 この宝石は世界でも極めて希少な、亜空間に物品を収納するための門を開くための宝具である。

 かつてとあるダンジョンをゼストが攻略した時の戦利品でゼストも二つしか所有していない。その貴重な内の一つをゼストはスウィンにプレゼントしてくれたのだ。

 だからこの世界の人々は殆どこの宝具の存在を知らないし、亜空間を開いてみせると驚愕の表情を見せる。

 なのに、このユーゴというどこかの馬の骨は、リリアンをお披露目した時、リリアンにしか反応しなかった。しかも自分の愛爬虫類(?)を馬鹿にするおまけ付きで。


「そうか。なら納得だ。でも、今から用意するんじゃ日が暮れるだろ?」

「まぁしかたないね。皆で分担すれば、早く終わるさ」

「そうか……。ところでダメ元で一つ訊きたいんだが、誰か魔術でものを視えなくすることはできるか?」

「魔術は獣人や魚人などの亜人、それに魔獣や魔人しか使えないわよ。私たちミラール教徒が使えるのは神聖術よ。この中でそれが可能そうなのはゼストさんやネルさんくらいかしら。私は補助系の神聖術が苦手だから」

「あの、視えなくするとはどういうことですか?」

「例えばあの岩があるだろ?」


 ユーゴはそう言って、草原にある大岩を指さした。


「実際にそこにあっても良いんだ。けど、上下左右どこから見ても、その後ろの風景が視えるように───つまり、有るけど無いように見せられるかってことなんだ」

「認識を阻害すると言うことではなく、風景に同化させれば良いということですね。可能です」

「隠す対象の大きさは、どこまでいける?」

「私が目で見える範囲ならば、大丈夫です」

「そうか。分かった。……じゃあやっぱりアレだな」


 前半はネルに向けて、後半は独り言を呟くと、続けて全員に告げる。


「お前ら、この場でちょっと待っててくれ。テントより楽なやつがある」


 そしてユーゴが一歩足を踏み出すと、あろうことかその姿が消えた。


「はぁっ⁉︎」


 ぶっ魂消たまげて、スウィンは大声を上げた。淑女にあるまじき振る舞いだが、思わず出てしまったものは仕方がない。

 他の女子二人も目を丸くし、ゼストは興味深そうにユーゴの消えた辺りを見ている。

 ややあって、ブォンという重低音が鳴り響いた。

 全員がその音を認識した瞬間、誰もが目を疑うような物体が虚空から出現した。


「な……なんじゃそりゃ~‼︎」


 度肝を抜かれ、乙女にあるまじき悲鳴を上げてしまったスウィン。

 他の三人も絶句している。

 バリバリと駆動音を轟かせ、草原に出現した物体。その正体を辛うじて理解できたのは、むべなるかなゼストただ一人であった。

 ゼストの日本人としての知識に依ると、あれは───トレーラーハウスだ。


 日本でトレーラーハウスなどついぞお目にかからなかったので知識でしか知らないが、それでもあれが常識外れのモンスタートレーラーだということが分かった。

 一言で表せば、バカでかい。とにかく巨大なのだ。

 車の底から地上まで、大型トレーラーが楽に通り抜けられる高さで、タイヤなどはゼストが腕を広げても足りない幅のものが、片側三輪もついている。

 さらにそんなモンスタートレーラーが牽引しているのは、細長いコンテナ型ハウスだった。これまたバカでかい。

 ドアを開け、梯子を使って降車したユーゴは、スウィンに一言物申すことにした。


「『なんじゃそりゃ~‼︎』って、女のセリフとしてはどうなんだ?」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ネルにトレーラーごと姿を消してもらい、ユーゴはトレーラーハウスにゼスト一行を招待した。


「なに、ここ……?」

「驚きました。お家なんですね」

「ふぁ~……」

「へぇ。凄いな」


 リビングに案内されたスウィン、ネル、ピア、ゼストは、四者四様の感想を漏らした。

 二十人は余裕でホームパーティーができそうな広さのリビングには、大きなテーブルと四人がけのレザーソファが二セット。

 その奥には大きな冷蔵庫を三台備えたアイランドキッチンが見える。

 ダイニングのテーブルには、すでにアフタヌーンティーのセットが用意されてある。


「やおぴ~ (挨拶)おーつかーれちゃーん!」


 ティーセットを用意してユーゴたちを出迎えたのは、陽気に手を振るギャルだった。


「貴女は?」


 未知の先客に戸惑う仲間たちを代表して、ゼストが誰何した。


「はっじめましてー。ユーゴの嫁だよー」

「えっ⁉︎」


 面食らったネル。


「貴方、妻帯者だったの⁉︎ モテなさそうなのに」


 失礼な発言はスウィンである。


「違う。こいつは……俺の雇用主みたいなもんだ」

「え~。なんかノリ悪くな~い?」

「悪くない。で、なんでまた急に現れた?」

「んー? だって女の子がいるでしょ。お風呂の使い方とかレディースエリアの説明しようかと思って」

「そういえばあったな、そんなの」


 このトレーラーハウスは、ユーゴがユーラウリアから貰った神器のひとつ。

 構造は一階がLDKと食料庫。リビングから二階へ続く階段が二つあり、男性エリアと女性エリアへと登れるようになっている。

 二階は部屋が二つとバス、ランドリールーム、トイレがあり、三階は部屋が四つにウォークインクローゼットと物置がある。

 男性エリアと女性エリアは、左右対称で全く同じ造りになっている。

 これらの説明は、本来ユーゴが行うべきなのだが、彼は面倒くさがって説明しようとしない。それを知っているユーラウリアが、フォローするべく降臨したのだ。


「あとは、大事なお話があるからね」


 ユーラウリアは、ゼストを見て言った。

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