008. 飛猫族のピア②

「ピアちゃんは飛猫族という種族で、飛猫族は翼で風を操り、その風を肉球で蹴って走るんです」


 不意に口をついて出たユーゴのツッコミに律儀に答えたのは、ピアの服を回収して戻ってきたネルだった。その手には丁寧に折りたたまれたピアの服を持っている。


「それじゃ、私達もいきましょうか」


 スウィンはユーゴとネルに声をかけながら、首元に下げてある宝石を握り、祈りの言葉を神に捧げた。


「主ミラールよ。どうか私に力をお与え下さい」


 祈りはこの世界のシステムに作用し神聖力という力に変換され、宝石は神聖力を注ぎ込まれ、その役目を果たすべく次元の扉を開いた。

 すると、なにもないはずの空間から、鱗に覆われた一匹の大型爬虫類が現れた。

 ピアがブラインドとして使った大岩を優に超える巨体で、体中を覆い尽くす鱗は触るもの全てを傷つけるように尖り、禍々しく黒光りしている。

 あえて類似の生物を探すなら、カメレオンだろうか。その顔の左右に付いた眼はギョロギョロと忙しなく、てんでバラバラに動き回り、嘴のように尖った口からでろんとだらしなく飛び出した舌の周りには、小剣より殺傷力の高そうな牙が所狭しと並んでいる。

 その背には複数人掛けられる大きさの鞍があったが、革はどピンクに染められており、しかも装飾は金ピカ。おまけに大きな頭には、これまたどピンクで、しかも宝石でキラキラとデコられた大きなリボンが乗っている。


「この子はリリアン。私が亜空間で飼っている魔獣よ。可愛いでしょう?」

「こいつのどこに可愛い要素があるんだ? 世界の kawaii を舐めんなよ。あ、それとも雰囲気? 雰囲気カワイイってやつ? ん~。でも、俺的には雰囲気魔王軍中ボスって感じだな」

「どこが魔王軍中ボスよ。貴方に同意を求めた私が馬鹿だったわ。さ、ネルさん。乗って下さい。ユーゴも乗っていいわよ」

「おう。ちなみにこの鞍のデザインはお前のセンスか?」

「お前って言わないで。そうよ。文句あるのかしら? 我が家のお抱え職人に頼んで作ってもらったから、乗り心地は最高よ」

「その職人は若い女か?」

「いいえ。その道五十年の職人気質の無骨な男性よ。彼はこの鞍を作っているとき、泣きながら作業していたそうよ。よほど私のデザインに感動したのね。でも何故そんなことが気になるの?」

「いや……特に理由はない。気にするな」


 その道五十年で一番の苦行だったろうな。

 ユーゴは名も知らぬ職人に同情した。

 女性の美的センスを理解するのを諦めていたことを思い出し、ユーゴはリリアンについてもう何も言うまいと心に誓った。


「私は可愛いと思いますよ」

「ほら見なさい。理解る人には理解るのよ。さすがネルさん。高貴な血筋の方には高貴なセンスが理解出来るのね。まぁこの件についてはもういいわ。行きましょう」


 ユーゴとは決して共感し合えないと諦めたスウィンは、手綱を引いた。

 リリアンの手足は短い。きっと鈍足だろうとユーゴが予想していると。


 ふわ。


 その巨体が浮き上がり、空中をすい~っと滑るように移動しだした。


「飛ぶんかーい!」

「何よ。うるさいわね」

「失礼。ちょっと感動してつい大声が出ちまった」

「そういうことならいいわ」


 うまく誤魔化されたスウィンが手綱をパン! と鳴らすと、リリアンは速度を速めて村へと向かった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ピアが村に辿り着いた時、ゼストはすでに村の中央で騒ぎを起こしていた。

 ゼストの考えを察したピアは空中から倉庫を探し出してそこに向かった。

 予想通り倉庫には通気口が小さく空いており、ピアはそこにしがみついて、庫内の様子を窺うことにした。

 倉庫の中は十人ほどの獣人の子供が縛られていて、不安と恐怖から泣き喚いている。

 見張りは───いた。

 二人の男が外の騒ぎに気づき、扉を開けようと扉に近づいていたので、これを好機とみたピアは、通気口から倉庫内に飛び込んだ。

 床に着地すると同時に、背中の翼に魔力を集め、一気に放出した。

 圧縮された空気の塊が大きな拳となり、男達を強かに殴り飛ばす。

 勢いよくかんぬきをされた鉄板にぶつけられた男達は、頭を強く打ち付けた衝撃で失神した。


「みんな、大丈夫?」


 なまくらなナイフよりもよく切れる飛猫族の爪で、ピアは子供たちの束縛を解いていった。

 子供たちは縄から開放されながら、名前だけは聞いたことがあったその種族に目を丸くした。

 鳴き声はもう聞こえない。


「飛猫族だ……」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ユーゴ達が村に到着するまでの間に、ゼストはあらかた敵を片付け終えていた。

 次々と獣人たちを開放していくゼストに肩には、白猫のピアが乗っている。

 そんなピアに、村の獣人たちは好奇の視線を向けている。


「飛猫族だ。生き残りがいたのか」


 ヒソヒソとそんな声が聞こえてくる。


「なぁ。ピアの種族って、そんな珍しいのか?」


 ユーゴはこっそりとネルに耳打ちした。

 ネルは悲しそうに目を伏せ、事情を語りだす。


「数年前。大規模な獣人狩りがあったんです。その時、特に狙われたのが飛猫族でした。酷いことに、この国では獣人は奴隷とされる傾向にあります。飛猫族は毛並みも美しく、外国の王族に大変人気があるようです。それで───」


 獣人族の悲哀を想い、ネルはぽろりと涙をこぼした。この少女は心優しい。


「───ゼストさんが偶然通りかかって、ネルちゃんの集落は救けられたそうです。その後、その集落の人達はゼストさんのお知り合いの貴族が所有する隠里に匿われる事になって、今は皆さん無事に暮らしています。ピアちゃんだけはどうしてもと言って、強引に従いて来ちゃったみたいですけど」

「ふーん。大変だな」


 涙を拭いて笑顔を見せるネル。

 そんなネルに、ユーゴが返した反応は薄塩だった。


「どうでも良さそうね」


 ユーゴのつれない反応が気に触ったのか、スウィンが噛みつく。


「どうでも良いとは思わないがな。しかし終わったことに俺が同情したところで今のピアに水を差すだけじゃないのか、とは思うな。出会ってまだ一日だが、あいつがいま幸せそうなのは見ていて感じる。その事件が無ければゼストとは知り合わなかったかもしれないし、一緒に旅をすることもなかったかもしれない。俺にそのことで気を遣われるのも厭だろうしな。ゼストに救われました。だからいまは大好きなゼストおにいちゃんと一緒にいられて幸せです。それでいいじゃねぇか。ていうか正直、飛猫族が過去どんな迫害を受けていたのかなんて興味ないしな。同情したところで過去が変わるわけじゃないだろ」

「結局、どうでも良いってことじゃない。貴方には情ってものが感じられないわ。その考え方に全く共感も賛同もできないわ」


 肩をすくめてスウィンはゼストの許へ歩いていった。


「それよりも俺は、こっちのほうが気になるな───と」


 ネルの背後から飛んできたナイフを片手で掴み取って、すでに反対の手に握り込んでいた石を、ユーゴはナイフの飛んできた方へ向けて投擲した。


「うわぁっ⁉︎」


 男の悲鳴が藪の中から上がった。そして慌てたように林の奥へと、ガサガサした葉擦れの音が遠ざかっていった。

 茂みの影からネルを狙った男は、ゼストが捕縛したグループから離れて室内を物色していた者たちの一人だった。

 今のナイフは明らかに狙っていた。確実に殺すつもりで投げられたものだった。

 並の腕前では防ぎきれなかっただろう。


「……? どうなさいましたか?」


 ネルは狙われたことに気づいていない。

 彼女が背後を振り返る前に、ユーゴはナイフを視えないところまで投げ捨てた。

「いや。何か野犬がいたみたいだから追い払っただけだ」


 誤魔化しながらユーゴは考えた。

 何故ネルを狙った?

 獣人狩りが目的だったのではないか?

 仮に村を襲っていた盗賊たちが、以前ネルを狙っていた者と関連があるとして、目的は聖璽だったのではないか?

 命を狙う必要は何だ?

 疑問がユーゴの頭を駆け巡る。

 そこまで考えて彼は気づいた。


 俺には関係ねぇじゃん───と。


 ユーゴがやるべきことはゼストの協力を取り付けること。

 ネルの護衛はあくまでついでにすぎない。

 誰がどんな魂胆を持っていても関係ない。

 危険が迫ったら排除する。それだけだ。

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