第55話 黒騎士(2)

 プラスィノは左腕のツタを1本引き抜き、陸に投げ渡した。

 ツタはまっすぐ伸びた状態で硬化し、陸の背丈ほどの長さの棒になった。

 先端が尖っているので、突いて使えば槍にもなるだろう。


「い……いきます!」


 プラスィノが両腕を広げた。

 左右のツタが一斉に伸び、四方から取り囲むようにして黒騎士に襲いかかった。

 うまい。

 黒騎士が逃れるには退がるしかなく、その方向には陸がいる。


「やあ!」


 近づいてきた黒騎士に、陸が棒を振り下ろした。

 次の瞬間、黒騎士の姿は煙のように掻き消え、陸の背後に回り込んでいる。

 陸の両ふくらはぎをなでるように黒騎士が腕を払うと、陸は前のめりに倒れた。


「両脚を流れるマナを一時的に遮断した。しばらく寝ているといい」


 唖然とする陸を飛び越え、黒騎士はプラスィノに向かった。

 その手にはいつの間にか、赤いイバラが剣身に絡みついた真っ黒な剣が握られていた。

 ツタの鞭が立て続けに振るわれる。

 容赦なく叩きつける豪雨のようなそれを、黒騎士は剣で受け流した。

 とたんに、プラスィノが動きを止める。

 両腕を降ろしたまま、驚愕に目を見ひらいている。


「動けまい。この“ザグローサの妖剣”は、ふれたものを石と同じ重さにする。無理に引っ張れば腕がちぎれるぞ」

「それ……なら……!」


 プラスィノの全身からピンク色の粉が噴き出した。

 たちまち辺りに甘い匂いが立ち込める。

 おれは慌てて鼻と口をおさえた。

 吸い込めば、いつかの夜のように幻覚を見せられてしまう。


「無駄だ」


 黒騎士は剣の柄でプラスィノを叩き伏せた。


「お前と戦うのに、夢幻香むげんこう対策をしてこないと思ったか?」


 こつ、こつ、と黒騎士は自身の仮面を人差し指で叩いた。

 あの仮面、ガスマスクみたいな効果もあるのか?


「うう……」


 うつ伏せに倒れたまま、プラスィノは動けずにいる。

 ヤバい。このままじゃ……


「逃げろシノ! 立って、逃げるんだよ!」

「プラスィノを処刑したら、次はお前だ、真名井霧矢」


 黒騎士が剣を逆手に持ち替え、切っ先を下にして振りあげた。


「死ね」

「やめろーッ!!」


 無力なおれには、叫ぶことくらいしかできなかった。

 ところが、その叫びがどこかに届いたのか、はたまた何者かが聞きつけたのか。

 突如として起こった爆発音とともに、黒騎士の身体が吹っ飛んだ。


「えっ!?」


 なんだ。

 なにが、起こった?


「爆発魔法を仕込んだ魔法の杖。グルニーク諸国の軍でよく使われている魔具だよな」


 赤い宝石のついた杖を構え、プラスィノをかばうように立っているのは――美凪!?

 黒騎士は不思議そうに首をかしげ、自分の右手をしげしげと眺めた。

 すると、さっきまで握られていた剣がかき消え、替わりに美凪が持っているのと同じ杖が現れる。


「あんたのを盗んだわけじゃないよ――なるほど、篭手に収納魔法を付与して、瞬時に武器を持ち替えてるのか」

「詳しいな」

「同業者だよ。私の勘が正しければね」


 不敵に笑う美凪。

 いや、それよりも、だ。


「姉さん、怪我は平気なのか?」

「治癒魔法で治した」

「は?」

「幻界で、いろいろ身につけたんだよ。それをいまから見せてやる」

「……面白い」


 黒騎士は猛然と美凪に殴りかかった。

 美凪は後退しつつ、杖でその攻撃をさばく。

 武器を持たないただのパンチに見えるが、えらく重そうだ。

 もしかしたら、魔法によるなんらかの付与効果があるのかもしれない。

 それでなくとも、金属の篭手で殴られたら痛いじゃ済まない。

 ぐらり、と美凪の身体がかしぐ。そこを狙って、黒騎士が渾身のストレートを放った。

 美凪は杖をバトンのように回転させた。

 拳が受け流され、両者の位置が入れ替わる。


「ほいっと」


 至近距離からの爆発魔法。

 だが、黒騎士の姿はすでにない。

 一瞬にして美凪の背後に回っている。


「おっと」


 黒騎士の手刀を美凪はしゃがんでかわし、そこから前方に回転して距離を取った。


「厄介だね。“縮地の鉄靴”か」


 ひょっとして、さっきから何度か見せてる瞬間移動みたいなやつか。


「でも、たしか1日3度が限界だったよな?」


 よく見ると、黒騎士のくるぶしの辺りから煙があがっている。

 オーバーヒート、みたいなこと?

 魔具とやらにも、そんなのあるんだ。


「まだやる気かい?」

「………」


 黒騎士は無言で両手を広げた。

 右手に鎌のようなかたちをした剣、左手に鞭が現れる。

 くそ、いったい幾つ魔具を持ってるんだよ。

 黒騎士が左手の鞭を振るう。

 充分に距離を取ったと思っていたのに、鞭はありえない伸び方をし、美凪の足首に巻きついた。


「うひゃあっ」


 仰向けに転倒し、黒騎士のほうへと引っ張られる美凪。

 てか、巻き取ってもいないのに勝手に縮んでないか、あの鞭。

 黒騎士が鎌型剣を構える。


「姉さん、これ!」


 うずくまったままだった陸が、プラスィノの作った棒を美凪に向かって投げた。

 美凪は引きずられながら、棒をキャッチする。


「いまさら遅い!」


 美凪は何事かを呟きながら棒をなでてから、足首を捉えている鞭に棒でふれた。

 すると、鋭利な刃物で斬られたように鞭が切れた。


「なに!?」


 美凪がうつ伏せになる。

 轟音とともに、彼女の身体が浮いた。

 爆発魔法を床に向けて撃ったのだ。

 完全なる奇襲だった。

 爆発を推進力に、美凪は棒で黒騎士を打った。

 ぴしっ、と乾いた音が響いたかと思うと、黒騎士の仮面がふたつに割れた。

 仮面が床に落ち、カラカラと音をたてる。


「やっぱり、人間だったか」


 美凪が呟く。

 だが、おれはまったく別種の衝撃に身を震わせていた。


「お、お前は……」


 晒された黒騎士の素顔。

 それは、おれのよく知る人物だった。

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