第56話 黒騎士(3)

 黒髪黒目。

 街に出ればすれちがった女性が歓声をあげ、男から見てもイケメンとしか言いようのない整った顔立ち。

 人当たりもよく、頭脳も運動神経も抜群で、常にクラスの人気者だった。

 そう。おれは、この男を知っている。

 単なる知己ではなく、数少ない友人――おれの一方的な勘違いでなければ、親友と呼んでもよい存在だ。

 この世界にきて味わった喪失感の何割かは、コイツとの再会が叶わないことだったかもしれない。


祥吾しょうご……なのか?」


 おれの呼びかけに、黒騎士は怪訝な顔をした。


「ショーゴ……た、たしかに、この人はそんな名前だったはずです。ワ、ワタシの記憶がたしかならば……」


 妖剣の呪いが解けず、いまだ地に伏したままのプラスィノが言った。


五大騎ペンタグラムのひとり、魔具使いのショーゴ……でも、なぜ霧矢さんが彼のことを……?」

「そうだ。直接対面するのは初めてのはず」


 黒騎士は警戒心も露わにおれを睨んだ。


「ちょっと待て。あんた、戸沢祥吾で間違いないのか?」

「俺の姓まで……いったいどこで知った?」


 どうやら、黒騎士は“おれの親友”戸沢省吾本人であるらしい。

 だが、おれが魂だけこっちの世界にやってきた異世界人だということは、モルテしか知らないことだ。

 元の世界での関係性なんて向こうは知ったこっちゃないし、説明したところで信じてもらえるかも疑わしい。


「そもそも人界に知り合いはいない。貴様、何者だ?」

「え、ええと……そうだ! おじさん――祥吾、健彦おじさんは元気か?」

「親父の知り合い……? いや、それにしては若いか。親同士が関係あるのか」

「そう、そうな感じ。それで昔、会ったことがあるんだ」


 とっさに言い繕ったが、あながち嘘というわけでもない。

 祥吾とは家族ぐるみの付き合いだったし、祥吾の父親である健彦おじさんには陸ともどもかわいがられていた。


「親父は幻界で死んだ。俺が10歳の頃だ。探索者として、いつかはそうなる運命だったんだろう」

「そうか……」


 お悔やみを言うのも変な気がしたが、いちおうは知っている人間なので、沈んだ気持ちにはなった。


「君の技術は父親に習ったものだね? 探索者は魔具の扱いに長けた者が多い」


 美凪の言葉に、祥吾はうなずく。


「その通りだ。親父は昔、探索中に死にかけたところをエーヴィヒカイト様に救われ、以後あの方のために働いた。親父の死後は、俺がその仕事を受け継いでいる」

「エーヴィヒカイトって……もう、“あの方”とかって言わなくていいのか?」

「プラスィノの記憶がもどりつつある。いまさら隠しても意味はないだろう」


 ざっ、と足音をたてて、祥吾が踵を返した。


「興が削がれた。それにしても気分が悪いものだな、一方的に知られているというのは」

「待ちなよ。こんだけ好き放題しといて逃げる気かい?」

「勘違いするな。見逃すのは俺のほうだ。やり残したことがあるなら、次会うときまでに片づけておけ」


 言い終えると同時に、鎧の背面、首の下あたりから虹色に煌めくマントが現れ、祥吾の身体を包んだ。

 その状態から、風船の空気が抜けるようにマントはしぼんでゆき、おれたちが呆気に取られている間に、中身の祥吾ごと跡形もなくなってしまった。


「やれやれ。物質を瞬間移動させる魔具か」


 美凪が戦闘モードのキリッとした表情を一気にゆるめ、ぼへーっと息を吐いた。


「助かったぜ。こっちは魔法の杖1本しか用意がなかったからな。あのまま続けられてたら確実にやられてた」

「えっ、それなのに逃げるななんて言ったの?」

「ばか。こっちの弱味を悟らせないためだよ。……もっとも、向こうはとうにお見通しだったみたいだけど」


 完敗、ということか。

 もっとも、おれはぜんぜん役に立ってなかったから、悔しいとかそういうんはないんだけど……


「言っとくけど、部屋に置いてある荷物が手許にありゃ、もっといい勝負ができたんだからな。姉ちゃんナメんな?」

「べつにナメてないよ。っていうか、むしろ見直した。強かったんだね、姉さん」

「え~、そう? そういうの、もっと頂戴」

「ごめん。やっぱ、いまの無し」

「えー」


 命のやり取りをしたばかりだというのに、この気の抜けようはなんだ。

 いや、むしろ神経が太いのか?

 すこしはこの姉らしき人物が理解できたと思ったのに、またわからなくなってしまった。


「けどこうなると、ちと考えにゃならんな」


 美凪が腕組みして唸った。

 時間経過か、それとも祥吾がいなくなったためなのか、呪いの解けた陸とプラスィノもそばにやってきた。


「あんなのが出てきたとなると、霧矢のカノジョが会いにいった相手ってのはロクでもないぞ」

「あー……できればモルテって呼んでくれない? その言い方だと、ちょっと恥ずい」

「言うとる場合か。カノジョが向こうでどんな目に遭わされてるか心配じゃないのか?」


 そう言われると、なにも言い返せない。

 でも考え始めてしまったら、嫌な想像ばかり膨らんでいきそうだ。


「心苦しいけど、ここは姉さんにようすを見に行ってもらうしかないか」

「行くのは構わないけど、そうすると、またお前を狙って敵が来たとき守ってやれなくなるのが問題だな」


 祥吾相手に手も足も出なかった陸とプラスィノが苦い顔をする。


「そうだ、兄さん。ベルデさんに護衛を頼むのはどう?」

「ベルデかあ……頼めば来てくれそうだけど、無関係の人を巻き込むのは……」

「そいつ、強いのか?」

「裁定者だし、それなりだとは思う……けど」


 あの人、モルテに負けてるんだよなあ。

 正直、強さに関しては、おれレベルでは判断しづらい。


「あんまり期待できそうにないな。霧矢も私らといっしょに幻界に行けたら一番いいんだが」


 場合が場合だから、そうすべきなのかもしれないけど……

 それができたら苦労しないんだよなあ。

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