第53話 五大騎筆頭

「こちらがモルテ様のお部屋です。必要な物がございましたら、なんなりとお申しつけを」


 リムに案内された部屋は、広くはあるが装飾の類は一切なく、高級そうな家具がかえって浮いて見え、寒々しい印象ばかりが目立った。

 しかし、見栄えをよくするためにあれこれ買い揃えるのは、この城に居着くという意思表示に思えて、モルテには抵抗があった。


「今宵は歓迎の宴が催されます。準備が整い次第お呼びにあがりますので」

「お気遣いは不要です。こちらの意思は伝えましたので、すぐにでも出ていきます」

「我が君の心尽くしを無下になさいますな。久しくお会いしなかったのです、せめて旧交をあたためてゆかれては?」


 リムは凍りついたような表情を崩さぬまま、淡々と言った。


「エーヴィヒカイト殿は我が父のかつての盟友。あの方の下で戦ったことはありましたが、あくまでわたしは盟友の娘にすぎません。繋がりの薄いわたしを、それほどまでに気にかける理由はないはず」

「ご謙遜を。ハイエルフとダークエルフが覇を競った黒白こくびゃく戦争、幻界全土を巻き込んだ百王の乱、我が君の同胞も多くが斃れた怪魔大戦……そのすべてであなたは赫々たる戦果を挙げ、その名を轟かせた。

 その上、数百年変わらぬその美貌に磨き抜かれた死霊魔術ネクロマンシーの技術。永遠を生きる我が君の伴侶として、これ以上相応しい方はおられぬでしょう」

「冷酷、冷血、冷徹をもって知られる不死王が、いまさら人のぬくもりを求めたとでも?」


 出来の悪い冗談だというように、モルテはくちびるの端をあげた。


「いえ、むしろ人恋しいのはあなたのはずだ、と我が君は仰せでした」

「なにを――!」


 一瞬、声を荒げそうになったモルテだったが、かろうじて言葉を吞み込んだ。

 怒りを感じたのは、それが図星だったからだ。

 たしかにモルテは、霧矢にその役割を求めている。

 永い永い時の中を、共に歩む者を欲している。

 しかし、それを他人に――しかも、あの人の心がわからなそうなエーヴィヒカイトに指摘されるのは、なんとも言えない不快感が残る。


「あの、人の子……」


 モルテの内心を見透かしたかのように、リムは言った。


「あのような者が、はたしてモルテ様の伴侶として相応しいのか――とも仰っていました。わたくしも、そう思います。永遠か、それに等しい命を持つ者の心に寄り添うなど、しょせん短命種には不可能かと」

「そんなことはわかりません」

「そうでしょうか?」

「彼は――キリヤ君は、わたしが選んだ相手です。あなたがたに、とやかく言われる筋合いはありません」


 もはや平静を装う必要なしと、モルテは怒りを露わにした。

 そんな主人の態度を見て、後ろに控えていたリナが前に進み出た。


「いつでもいいぜ。ひと声命じてくれりゃあ、どいつもこいつもブチのめしてやる。こんなとこ、とっととおさらばしてーからな」

「威勢のいいメイドですね。聞けば、プラスィノ・エルバを片手で制したとか」

「オメーもそうしてやろうか?」


 リナが睨みつけると、初めてリムの表情が変わった。

 それは、ぞっとするほど邪悪な笑みだった。


「是非。あなたの力が見てみたい」

「よく言った!」


 リナが踏み込み、こぶしを繰り出した。

 岩をも砕く渾身の一撃。

 だが、リムは軽くあげた右手でそれをいなしつつ、攻撃の軌道に回転を加えた。

 すると、リナの両足は魔法のように宙に浮き、そのまま一回転して前方にすっ飛んだ。


「のわっ!?」


 壁際の文机が、派手な音をたてて粉々になる。

 したたかに背中を打ったが、ゾンビであるリナが痛みを感じることはない。

 しかし、自分の身に起きたことが理解できず、あんぐりと口をあけていた。


「あなたにならって、わたくしも片手で制してみました」

「んにゃろお……ぐぇっ」


 起きあがろうとするリナの薄い胸を、リムは容赦なく踏みつけた。

 長いヒールが喰い込み、肋骨が軋んでミシミシと音をたてる。


「リナ!」

「プラスィノは五大騎ペンタグラムといっても搦め手専門。力で彼女に勝ったとて、自慢にはなりません」

「て、てめェも五大騎ペンタグラムか……?」

「ええ。改めて名乗らせて頂きましょう。わたくしはリム・ポルパンド。五大騎ペンタグラム筆頭にして近衛騎士団長、リム・ポルパンドです」


 折れた骨が肺にでも刺さったか、ごぼりとリナの口から血が溢れた。

 それでもなお、リムは足に力を込めつづける。


「おやめなさい!」


 モルテは腕をひと振りし、魔法による風の刃を飛ばした。

 リムは上体をのけぞらせつつ、後ろに跳んでそれをかわした。


「主に助けられるとは、恥の上塗りですね」

「ま、まだ終わってねーぞ……っ!」

「あなたもよ、リナ!」


 なおも戦意を剥き出しにするリナを、モルテは一喝した。

 わずかな攻防だったが、リム・ポルパンドの力の底知れなさはわかった。

 リナの損傷も激しい。これ以上の戦闘は、取り返しのつかない事態を招きそうだった。


「客に対するこの仕打ち、これがここの流儀だと言うのですか?」

「あなたの心を変えるためなら、どのような手段を使っても構わないと仰せつかっています」


 リムは平然と答える。


「まずは、あなたを守る盾がいかに脆弱かを示させて頂きました」

……ですって? まだ、なにかするつもりなのですか?」


 猛烈に嫌な予感に襲われ、モルテは声を上擦らせた。


「ええ。モルテ様を頑なにさせる最大の要因は、人界に未練を残しているから。ならば、それを断ち切り、この世でお仕えすべきはエーヴィヒカイト様ただひとりとご理解頂く」

「まさか――まさか!!」


 リムは胸の前で手のひらを合わせ、いまにもつかみかからんばかりのモルテに向かって凄絶な笑みを浮かべた。


「今頃、五大騎ペンタグラム最後のひとりが、真名井霧矢を始末しているでしょう」

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