第45話 激! 白浜の熱戦


「ふざけんなこらー。こっちはしんきろくにちょーせんしてんだぞ」


 頬をふくらませて、幼女の巨人は地団太を踏んだ。

 海の中で暴れれば、当然大波が立つ。

 おれも右良も、ついでにおれの隣にやってきていた陸も、頭から盛大に水をかぶった。


「わ、わかった。あとでまたやろうな」

「ぜったいだぞ」


 右良になだめられ、パルウムは怒りを収めた。

 巨人か……

 存在はモルテから聞いていたが、見るのは初めてだった。

 巨体が人界での生活に馴染まないため、めったに幻界からやってこないのだとか。

 成人では10メートルから20メートルに達するそうで、子供ならギリギリといったところか。

 いちおう日本の法律でも一般家庭でゾウを飼育することは可能らしいので、それに近い感覚かもしれない。

 大きささえ考慮しなければ、本当に人間の女の子と変わりない。

 柔らかそうな茶色の髪をふたつに結び、もちもちのほっぺたはリンゴのように赤らんでいる。


「それよりほら、このお兄ちゃんお姉ちゃんがいっしょに遊んでくれるって」

「ほんと? やったー! よろしくね!」


 この世の悪とは無縁の屈託ない笑顔を向けられれば、こちらも承知するしかない。


「よし、いっちょやったるか、ビーチバレー」


 そう意気込んでコートに入ったが。


「やっぱり反則臭くない?」


 そびえたつパルウムの巨体はまさに壁。

 どんなスパイクを打ったとしても、すべて弾かれてしまうだろう。


「パルはルールを知りませんから、その分のハンデと思ってください」

「ハンデでかすぎでしょ」

「巨人だけに、ですか?」

「お、おれはそんなこと言ってないからな!」


 そりゃあ、瞬間的に頭には浮かんだけども。


「あと、さすがにネット前に立つと無理ゲーなんで、後衛オンリーでいかせてもらいます」

「お気遣い感謝」


 そんなこんなでゲームは始まった。

 本格的にやるのはさすがにダルいということで、15点先取で1セットのみというルールだ。

 まずは陸のサーブから。

 だが、なかなかボールが飛んでいかない。

 集中しているのかと思いきや、


「うふふ……水着姿の兄さん……広背筋に大殿筋、それに腓腹筋……なんて美味しそう……ハァハァ」


 な、なんか背後から不穏なセリフが聞こえるんですけど!?

 うちの妹ったら、いつからそんな変態に……

 いや、きっとこれは幻聴。

 夏の暑さがあらぬ妄想を引き起こしたに違いない。

 祈るように、そう自分に言い聞かせていると、ようやく陸がサーブを打った。

 アンダーハンドで打たれたボールは大きく曲線を描いて相手コートに飛んでゆき……

 パウルムのお腹にはね返された。


「ああっ、やっぱり!」


 慌てて戻ってきたボールを拾い、陸がトスを上げる。

 くそっ、これはおれがスパイクを打つ流れか。

 砂のコートは思った以上に動きにくく、ジャンプ力も大きく削がれる。

 それでもなんとかスパイクは打てたが、おれのへろへろの打球は、いとも簡単に右良に拾われてしまった。

 見惚れるほどのきれいなレシーブ。

 ぽーん、とまっすぐに上がるボール。


「パル! ハエ叩き!」

「こう?」


 パルウムが、広げた右手を軽く振りおろすと、砲弾のような勢いでボールが戻ってきた。


「……え?」


 着地した姿勢のまま、おれは一歩も動けない。

 キィン、という音がして、頬に風圧を感じた。

 刹那の後、背後で着弾。

 巻き上げられた砂が、バラバラと降ってきた。

 振り返って下を見ると、砂を大きくえぐったボールが摩擦による煙を生じさせつつ、まだ回転を続けていた。


「いや、死ぬだろ! こんなの食らったら!」


 巨人族のパワーおそるべし。

 戦慄するおれに、陸が冷ややかな目を向けた。


「あれれ~? 兄さん、死ぬのが怖いの? 死ねばゾンビになって、モルテお姉ちゃんとずっと一緒にいられるのに」

「だとしても、遊びの最中にいきなりとか嫌だろ!」

「正直になんなよ。わたしは馬鹿にしたりしないよ? むしろ、それでお姉ちゃんを諦めてくれるなら、わたしは嬉しいかも」


 おいおい。なんで、たかがビーチバレーで人生の岐路に立たされてるんだ?


「兄妹げんかは後にしなよ。さ、はやく続きやろ!」


 右良がうきうきしながら催促する。

 ……おれ、無事にコートから出ていけるかなあ?

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