第44話 海に潜むもの


「でも、お姉ちゃんたちが来てくれて助かったよ」


 おれの渡したパーカーに袖を通しながら、陸が言った。


「わたしだけじゃ、あいつら追っ払えなかったし」

「追っ払うだなんて。わたしたちは何もしていませんよ」

「またわかっててそんなこと言う。あ~あ、わたしもお姉ちゃんみたいだったらな」

「アリクちゃんにはアリクちゃんの良さがありますよ」

「出た、正妻の余裕!」

「待て。結婚はしてないぞ」


 なんの会話かよくわからないが、とりあえずツッコんでみる。


「そうですよ、結婚はしていません。、ですけど……」


 そう言って、モルテがこちらに流し目を送ってきた。

 ゾクゾクするような妖しげな瞳。

 まったく、隙あらばからかってくるなあ。

 いまさら念を押すような真似をしなくても、こっちはとっくに覚悟完了してるんですけど。


「兄さん、だから心配なのよ。今日はおかしな格好してるから変な虫も寄りつかないと思ったのに、ぜんぜん効果ないしさあ」


 憤懣やるかたなしといったようすで、陸が言った。

 それを聞いて、モルテの顔色が変わった。


「あ、え? おかしい……ですか? この水着とシャツ……」

「こら、陸! 失礼なことを言うんじゃない」

「ひょっとして……キリヤ君もそう思ってたんですか?」

「い、いやその……」


 しまった、とっさに否定できなかった。

 モルテは虚ろな表情で、その場にへたり込んだ。


「そんな……なるべくわたしの趣味を抑えて、ワイルドで格好いい方向へ寄せたつもりだったんですが……いいえ、そんなことより、もっと早く言ってくれれば……」

「いやいや、ぜんぜん着れるから! デザインがどうこうより、気持ちのほうが大事だから!」


 必死になだめ続けた結果、なんとかモルテは気を取り直した。


「……そういえば、プラスィノはどうしました?」

「たしかに、一番うるさそうなのに、ぜんぜん声がしないな」


 キョロキョロと周囲を見回す。

 いったいどこに――って、いた!

 パラソルの影にうずくまって、なんかしてる!


「どうしたんだ。具合でも悪いのか?」

「ああ、霧矢さん……ちょっと日差しが強すぎるもので……あと、潮風がキツい」


 しゃべるのもつらそうなようすで、プラスィノは自分の膝にあごを乗せた。

 ぶふぅぇぇぇぇ……と、踏まれたカエルのような声がその喉から漏れ出す。

 さすがにちょっと心配になったので、クーラーボックスから水の入ったペットボトルを取り出し、頭にかけてやった。


「ありがとうございます……はあ……気持ちいい」

「先に宿にもどるか?」

「はい……そうします」


 よろよろと立ち上がるプラスィノ。

 こりゃ、だいぶ調子が悪いな。


「モルテ、プラスィノを宿に送ってくる」

「わかりました」

「すみません……」


 おれたちの泊まる宿は古びた民宿だった。

 海岸から離れたおかげか、プラスィノの体調もすこしはもどったようだ。

 といっても、自己申告だが。

 顔色は元々青いので、見た目ではわかりにくい。

 大事をとって布団に寝かせてやり、枕元に新しいペットボトルと彼女用の財布を置いた。


「ありがとうございます……霧矢さん」

「いいって。こっちこそ、君の苦手をもっと把握してれば……」

「やっぱりワタシ……あなたと子孫を残したかったです」

「な、苗床は勘弁」

「でも、そうしたら、あなたがいなくなってしまうんですよね。それは……嫌だとも、思うようになりました」


 プラスィノは掛け布団で口許を隠し、目だけをこちらに向けた。


「きっと……この気持ちのほうが、人間の‟好き”に近いんでしょうね」






 海岸にもどると、意外な顔がそこにあった。


「どーも、お兄さん!」

「あれ!? なんでここに」

「ウチらも遊びに来たんですよ。亜陸たちとも、奇遇だねって話してたとこで」


 角頭右良は、白い歯を見せて笑った。


「と・い・う・わ・け・で……ジャーン!」


 右良は、胸の前でスイカほどの大きさのボールを掲げてみせた。


「海といえばビーチバレー! 勝負です、お兄さん!」

「え……?」


 バスケでボコボコにされた悪夢のような記憶がフラッシュバックする。


「お、おれとじゃなくて、陸とやりなよ」

「もちろん、亜陸ちゃんも誘いましたよ。ビーチバレーは2対2の競技ですから」

「それなら、君の相方ペアは? ……そういえばさっき、‟ウチら”って言った?」

「はい」


 右良がうなずくと同時に、彼女の背後で海面が盛り上がった。

 突然小山が出現したかと錯覚するほど、は巨大だった。

 降り注ぐ飛沫とすさまじい水音。

 あんぐりと口をあけ、のけぞるように上を見ると、ふたつの目がこちらを見下ろしていた。

 それでようやく、海中に寝そべっていた生き物が立ち上がったのだと、おれは理解した。


「ぷはぁ~っ。ねえねえ、ウラ! 何秒だった?」

「ごめん、パル。数えてなかった」

「ええ~~~~!?」


 は巨大な幼女だった。

 人間でいえば5、6歳くらいの女の子を、そのまま10メートルくらいにしたような。

 遠近法のバグとか、そんなものでは断じてない。


「紹介します。巨人族のパルウム・イムラーク。この子がウチのペアってわけです」

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