第46話 遠くの景色
自分で言うのもなんだが、おれは結構がんばったと思う。
身体能力に大きく勝る右良の動きに食らいつき、なるべく陸が力を発揮できるようアシストに務めた。
もちろん、チャンスが巡ってきたり、試合の流れで陸にトスを上げられないときなんかはおれが攻めたりもする。
だが、そんな努力のすべてを無に帰す存在がいた。
……そう。
巨人族の幼女、パルウムだ。
鉄壁と呼ぶのも生ぬるい。
要は、相手コートの後ろ半分に山が置かれているようなものだ。
こちらのスパイクはほぼほぼ通用せず、必然、攻め手はパウルムの手前にボールを落とすか、彼女の足許あたりを狙って打ち込むくらいしかなくなる。
攻め手が限られるということは、相手にとっては対応がしやすいということで。
最初の数回はポイントを獲れたものの、右良はすぐに対応し、よほどうまく攻撃がハマりでもしない限り、ことごとくボールを拾われてしまう。
「くそ……こうまで一方的になるなんて……」
「ごめん兄さん。わたしがもっと上手ければ……」
「言うなよ、よけい情けなくなる。お前はよくやってるよ」
おれと陸のあいだにお通夜ムードが漂った。
「ねえー。つまんない」
パルウムがくちびるを突き出して不満を漏らした。
最初にやって攻撃が危険すぎたので、パルウムはスパイクもサーブも禁止になっている。
そうなると、ただ立っているしかなくなるわけで――それでも十分脅威だが――遊びたい盛りの子供にとっては面白いはずがなかった。
「しかたないな。じゃあ、べつの遊びをするかぁ。勝負はこっちの勝ちでいい?」
「もういいです、それで……」
敗北宣言と同時に、おれは膝から崩れ落ちて砂の上に突っ伏した。
おーい、と呼ぶ声がしたので顔を上げると、日菜が手を振っていた。
「スイカ割りいっしょにやらない?」
「いいね。いこうよ、亜陸ちゃん」
「勝負の続きだね。オッケー」
元気だな、こいつら。
それはともかく、スイカ割りもパルウムにやらせると危険だな。
「この子はおれが見てるよ」
「いいんですか? じゃ、お願いしますね」
そう言って、右良たちはスイカの準備をしているベルデたちのほうへ走っていった。
おれは両手をメガホンにして呼びかけた。
「パルウム、おれと遊ぼうか」
「いいよー。なにする?」
「でっかいトンネルを掘って、そこに水を流すとか」
「おもしろそう! やるー!」
こうして、おれたちの大規模灌漑工事がはじまった。
まずは砂で山を作り、その下を掘ってゆく。
トンネルが開通したらその先にダムを造り、同時に海へと水路を掘る。
水路は2本――トンネルから伸びるのと、ダムから伸びるほう。
これらをパルウムと力を合わせて造っていくわけだが、巨人の膂力はさすがのひと言で、まるでショベルカーのようにやすやすと砂を掘ることができる。
逆に、パルウムの巨体に合わせてダムや水路を大きくしたので、掘り役としてのおれの貢献度は微々たるものになってしまった。
まあ、その分おれは指示役としてがんばればいいわけで。
根が素直なうえ、年齢の割にかなり頭もいいらしく、パルウムはおれの言うことをすぐに理解し、的確に作業をこなしていった。
「わあ、すごいですね!」
ようすを見に来たモルテが感嘆の声をあげた。
「スイカ割りはどうしたの?」
「抜けてきました。なんだか勝負が白熱してしまって……」
右良や陸だけでなく、リナやベルデもああいうノリ好きそうだもんな。
「なにかお手伝いできることはありますか?」
「なら、最後の水路の調整をいっしょにやろうか」
「わかりました」
ほどなく、工事は完了した。
大きさ! リアリティ! 周囲の景色との調和!
完璧とまではいかないが、なかなかの出来ではなかろうか。
成し遂げた仕事に満足感をおぼえ、しばしおれは完成した作品に見入った。
「ありがとう、モルテ。助かったよ」
「いえ。わたしは最後、ちょこっとしか手伝ってませんし」
「にーちゃ、はやく! はやく!」
パルウムが両拳をブンブンさせながら催促する。
「よし。まずはダムに水を入れるぞ」
おれはトンネル側の水路を数ヵ所で仕切っている壁を、海に近いほうから順に崩していった。
流れ込んだ海水は、水路を満たし、トンネルを潜り、その先にあるダムへと注がれてゆく。
「すごいすごい! おいけができたよ!」
「上手くいったな。じゃあ、次はいよいよ放水だ」
「こんどはパルにやらせて!」
ダムの出口の壁をパウルムが指でつつくと、もろくなったそこが水の圧力で決壊する。
「おお~っ!」
パルウムは興奮しきった歓声をあげた。
それなりに大作とはいえ、素人仕事。実際に起きているのは手作業で掘った溝に水が流れているだけなのだが、純粋な子供の目には一大スペクタクルと映っているのだろう。
無邪気に笑うパルウムを見て、おれもモルテも顔がほころんでしまう。
「かわいいですね」
「そうだね」
「角頭さんがお世話になっている方が、預かっている子のひとりだそうです」
「両親は?」
「すでに亡くなっているそうです」
おれと同じか。
「育ての親ってことになるのかな、その人。篤志家ってやつなのか?」
「どうでしょう。ひとかどの人物ではありそうですが……」
モルテは、どこか遠くを見つめるような表情で、目を細める。
「でも、その方の気持ち、わかる気がします。いつか子供ができたとしたら、きっとこんな感じなのでしょうね」
「うん…………うん?」
あまりにも自然に発せられた言葉だった。
しかし、聞き流してしまうには、あまりにも――
「子供って、誰と誰の……?」
「それはもちろん……」
答えかけたところでモルテはハッとなり、たちまちとがった耳の先まで真っ赤になった。
「ご、ごめんなさい。気が早かったですね……って、ちがう! わたし、なにを言って……」
「そうじゃなくって。いや、ちがわないけど! おれが言いたいのは、つまり――」
様々な感情が胸中で渦を巻き、おれもしどろもどろになってしまう。
でも、そんな場合じゃない。
いったん深呼吸し、もっとも重要な一点に意識を集中させる。
モルテが、おれと。
……こ、子供を作るって?
そんなことを想定していたって――つまり。
「モルテ。君はおれを、ゾンビにするんじゃなかったのか?」
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