第37話 勝負!
大学から戻ったおれとモルテは、入口で待っていたスケルトンに鞄を渡すと、そのまま中庭に向かった。
中庭に近づくにつれ、ボールが地面を叩く音、息づかい、足音なんかが聞こえてきた。
「ただいま。やってるな」
ジャージ姿の少女ふたりが、息もつかせぬ攻防を繰り広げている。
バスケットボールの1on1。
陸の相手をしているのは初めて見る顔だ。
額に2本の角がある。
「お、お邪魔してます。あーちゃんのお兄さん、モルテさん」
佐原日菜が、こちらに向かっておじぎした。
「試合はどうなってますか?」
「すごいですよ、あーちゃん。最初はあの子、右良ちゃんに圧倒されてたんですけど、その後すごい勢いで追い上げて……」
日菜の持っているホワイトボードを見ると、36、38と数字が書かれている。
36が陸の得点だ。
「決着のルールは?」
「40点先取です」
「じゃあ大詰めだな」
モルテと並んで勝負を見守る。
ちらっ、と一瞬、陸がこちらを見た。
それを隙ととらえたか、ディフェンスの右良がボールを奪いにかかる。
だが、陸はフェイントを織り交ぜた動きで彼女の横をすり抜け、ゴールを決めた。
これで同点。
攻守が入れ替わり、右良がボールを持つ。
お互いに汗びっしょりで、息もかなりあがっている。
吸う。
吐く。
吸う。
吐く。
ふたつの呼吸が重なる。
沈黙。
そして訪れる、爆発の瞬間――
右良の口許に愉しげな笑みが浮かんだ。
技術も技巧もない、力任せの突進。
それがかえって陸の虚を衝いたのか、簡単に弾き飛ばされてしまう。
咆哮を伴う跳躍。
右良は悠々と宙を翔け、ボールをバケツに叩き込む。
凄まじい衝撃に、3体のスケルトンはバラバラに吹っ飛んだ。
「ああっ、すいません!」
ダンクを決めてしまってから、右良は慌てふためいた。
「構いませんよ」
モルテが落ち着き払って手を振る。
すると、散乱した骨がいっせいに浮かび上がり、見えない手によって組み立てられるように、あっという間に元のかたちに戻っていった。
「すごい! さすがですね!」
「わたしのこと、ご存じなんですか?」
「超一流の
「まあ。照れちゃいますね」
ほんとに照れている……のか?
モルテのほうはよくわからんが、
……いや、それよりも陸は大丈夫か?
心配して駆け寄ると、陸は何事もなかったかのように立ち上がった。
「怪我はないか? すごいタックルを食らったように見えたけど」
「手加減してくれてたみたい。尻もちつくぐらいですんだよ。それよりも――」
陸は悔しそうに地団太を踏んだ。
「あーもう! 兄さんにいいとこ見せたかったのに」
「悪いね。勝負は勝負だから」
右良が、陸を振り返ってニヤリと笑った。
「仲いいんだな」
「うん。話したのは今日が初めてなんだけど、いい子だよ」
日菜以外にも友達ができたのか。
それは兄として喜ばしいぞ。
「ん?」
右良がこちらをじっと見ていた。
「亜陸ちゃんのお兄さんですね。はじめまして、角頭右良です」
「あ、ああ。真名井霧矢です、よろしく」
あまりにまっすぐ見つめられたので、ちょっとキョドってしまった。
これは後で陸になにかいわれるか? 恥ず……
おれの反応をどうとらえたのか、右良はにっこり微笑んだ。
「想像してた通りのステキな方ですね」
「あ゛!?」
「え゛!?」
なんか二方向からすごい声が聞こえたけど気のせいかな。
「あ、ありがとう」
君も素敵だよ、などと歯が浮くようなセリフはさすがに口にできない。
せいぜいキモくならないよう、なるべく自然に微笑むに留めた。
「ええと……角頭、さん?」
「右良でいいですよ!」
むう、距離が近い。
だが、おれは大学生。年下の女の子に気圧されている場合ではない。
「じゃあ右良ちゃん。君は幻界の人って聞いてるけど、あっちでの名前ではなんていうのかな?」
「あー、知りたいですかぁ? 妹の友達のJKに興味津々ですかぁ?」
「そうだね。真面目な話、亜陸の交友関係はなるべく把握しときたいからね。保護者として」
はっとしたように、右良は表情を改めた。
こちらの真剣な気持ちが伝わったのだろう。
「そういうことなら、ちゃんと答えますけど。ウチ、
「そう……なんだ」
「で、ウチを拾ってくれた人が、たまたま人界から来た探索者で――えっと、探索者ってわかります?」
「人界から幻界に渡って、資源調査なんかをしてる人だっけ?」
まだ実際に会ったことはないが、マナに強い耐性のある者だけがなれる、現代のトレジャー・ハンターだ。
「はい。その人が、いずれ人界で暮らすだろうからって、こっちの名前をつけてくれたんです」
「そっか。立ち入ったこと訊いちゃってごめんね」
「いえ、気にしてないです。ちなみにウチは、その人のことが好きなんで、ご心配なく」
「心配って、なにが……」
「ああ、お兄さんじゃなくて、後ろの人たちにいったんで」
こちらの会話に聞き耳を立てていた、モルテと陸がビクッとする。
ああ、そういうことね。
「その人も、きっと素敵なんだろうね」
おれがそういうと、右良はすこし驚いたように目を見開き、それからへにゃっと笑った。
好きな人を褒められて嬉しい気持ちと、照れ臭いという気持ちが混じったような表情だった。
「へへ~、まあ、そうですね。たぶん、そのうち会えると思いますよ」
「こっちにいるの?」
「さあ~……どうでしょ」
なぜか、右良は言葉を濁した。
その後、おれもバスケに誘われたので、兄の威厳を見せるべく右良との勝負に臨んだ。
結果は……語るまい。
あくる日は終日、ベッドで枕を濡らしていたとだけ記しておこう。
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